Never End

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「塔矢くん、勝ったのか?!」
「すごいですよ。18歳で、十段戦タイトル挑戦者に決定なんですから!」
ざわざわと記者室が騒がしくなる。
中央のテレビ画面には先ほどまで、繰り広げられていた熱き戦いの様子が映し出されていた。
黒が塔矢。白が乃木先生だ。どちらも譲らない攻防だった。
ほんの何分か前までは、塔矢が負けてもおかしくなかった。
だが…乃木先生のあらゆる厳しい手にも塔矢は動じずに、ここまで打ち切った。

「すげぇ…。」

オレ、進藤ヒカルは思わずそうつぶやいていた。
どんな状況にも動じない、ゆるぎない塔矢の強さ。まるで孤高の戦士だ。
手に汗をかいている。体に力が入らない。オレはしばらく立ち上がれずにいた。
観戦しているオレでさえ、こんなに緊張し興奮したのだ。
実際に対局しているアイツはどんな心地なんだろうか。
アイツ、あれでオレと同い年なんだもんなぁ…。
今まで、オレは塔矢と対等だと思ってきた。
そうだと思ったから、塔矢とプライベートで何度も対局を果たしてきたのだ。
今更ながらに、塔矢の実力を思い知らされる。
オレはといえば大手合いでは順調に勝ち進んでいるものの、天元戦は準決勝で倉田さんに負けてしまったし
他の棋戦も勝ってはいるが、惜しい所で負けてしまって挑戦者になかなかなれない。
また、塔矢に何歩先も行かれてしまった。
塔矢よりも先に、タイトルを…その夢は早くも破れてしまいそうだった。
「進藤くん、このままここにいるの?」
知り合いの記者に声をかけられた。気がつけば、もう記者室には誰もいなかった。
「あーハイ。ちょっとだけいます。」
「そう。じゃあ、戸締りお願いしちゃおうかな。カギ、渡しとくよ。」
そういって、記者は部屋を出ていった。

ハァーと思わずため息がこぼれる。すごかったなぁ…塔矢。
ライバルをすごい、すごいと褒め称えてもどうにもならないことはわかっている。
だが、どうしても自分と比べてしまう。
オレは、先ほどの塔矢と乃木先生の一局が並べられた碁盤を見た。
この塔矢の放った一手。黒の厚みを利用して、白の模様を荒した。これは乃木先生、かなり辛かっただろう。
だが、そこからの立て直し…。そして、塔矢を追い詰めた。
けど、ここからが塔矢の勝負強さの見せどころだった。
この一手を利用して、さらに白を責め立てた。あれには驚かされた。
まだ、そんな手が残っていたとは…。結果は塔矢の2目半の勝ちだった。
自分よりも二回りも年上の人との対局だ。やりづらい部分もあっただろう。
オレも森下先生の圧力に押されて、負けてしまった事があった。
あれから、また公式戦で森下先生と当たり、その時は勝つことができたが、
空気にのまれて負けたあの対局だけは、いまだに忘れることができなかった。
自分の師匠ですら、越えていかなければならない。碁の世界は弱肉強食。厳しい世界だ。
「お、進藤くん、まだ居たんだ。」
そう話しかけられて、ふと顔をあげると芦原さんだった。遅れて、緒方さんが入ってくる。
先ほどまで、一緒に観戦していた。帰ったとばかり思っていたが、まだ残っていたらしい。
「上でアキラの様子を見てきたんだよ。アイツ、嬉しそうな顔してたなぁ。」
芦原さんの言葉に、緒方さんが眉を寄せる。
「そうか?俺にはいつも通りに見えたが。」
「嬉しそうでしたよ。アキラって嬉しい時やたらと笑うんですよ。
ニヤニヤっていう感じじゃないけど、なんていうかにっこり穏やかに…。」
へぇ。いつも、表情を崩さない冷静沈着と詠われている塔矢にそんな癖があったとは驚きだ。
さすが、芦原さん。塔矢と仲がいいだけある。
少しだけ、面白くない気分になる。
「でも、これで緒方さん、挑戦者が決まりましたね。自信の程は?」
芦原さんがふざけて、緒方さんにそう振ると緒方さんはタバコに火を点けながら、フッと笑った。
「誰が相手でも、ねじ伏せてやるだけさ。必ず防衛してみせるよ。」
緒方さんはそう言いながら、煙を口から吐いた。
「さすが、先輩。貫禄あるなぁ。でも、なんか不思議ですよね。
緒方さんが塔矢先生から奪ったタイトルを、今度はその息子が狙ってるんだから。」
芦原さんの言う通りだと思う。塔矢の成長の早さを物語っている。
オレも足を止めていられないな。
塔矢に追い付くためには一歩一歩、確実に歩んでいかなければならない。
とりあえず、ひとつひとつ確実に勝ちをあげていくしかないな。


塔矢から着信があったのは、その日の夜、遅くだった。
「へぇ、今までずっと検討してたのか?」
『ああ。緒方さんたちも加わってね。他にも芹澤先生や他の棋士の方も一緒に。
 君も来ればよかったのに。』
実は、オレも芦原さんに誘われた。だが、何となく気が乗らなくて断ったのだ。
「お前の今日の一局、すごかったもんな。」
オレが素直に感想をもらすと、
『進藤、君もここまで来い。』
そう力強い言葉をかけられる。
わかってる。塔矢のライバルだと自負するならば、今のままのレベルではダメだ。
塔矢に追い付かなければ。もっともっと…上を目指さなければ…。
『明日の手合いの後、碁会所に来るか?』
「ああ、もちろん。今日の対局の検討をしようぜ。」
オレが努めて明るく言うと、塔矢の声が心なしか明るくなった気がする。
ふと、今日の芦原さんの言葉を思い出した。
塔矢は感情をあまり表に出さないイメージがある。
まぁ、怒るという感情表現だけは別だけれど。
「なぁ、塔矢、今、嬉しい?」
ふと、気になったので尋ねてみた。
『…嬉しい?』
「10代でタイトル戦の挑戦者になれたこと。」
オレの言葉に塔矢はしばらく、黙っていた。何かを考えているようだった。
『嬉しくないといえば、嘘になる…な。』
「ふーん。」
『だけど、まだタイトルをとった訳じゃない。本当の勝負はこれからだろう。君は何が言いたいんだ?』
なんとなくだが、塔矢の言葉に怒気が含まれてきた気がする。
また、怒らせてしまいそうだ。
最近、気がついたことだが塔矢は、意図がわからない会話が苦手である。
たとえば、オレが何の気なしに言った言葉が、塔矢の勘に触ってしまうことも多々あった。
だが、かといって冗断が通じない訳ではない。
塔矢の中で許せる冗談とそうでないものがあるのだろう。
「ただ、聞いてみたかっただけ。お前、あんまり感情表現しないイメージがあるからさ。」
オレの言葉に塔矢がムッとした声を出す。
『君は僕を何だと思ってるんだ?感情の無い人間がいる訳無いだろう。
そんなことを言う暇があったら少しでも棋戦を上がってきたらどうだ?』
「な!」
心が広いと自負しているオレだが、頭にくることもある。
「はいはい、塔矢先生、わかってますよ」
『なんだか、ひっかかる言い方だな。』
「べつに。」
オレは心の中で、バカと自分に向かって叫んでいた。
こうやって言葉の意図を説明しないと、必ずと言っていいほど塔矢を怒らせることになる。
『もういい』
やはり。ガチャッと乱暴に電話が切られた。オレはその後、ひどく自己嫌悪に襲われた。
せっかく、久々の塔矢との電話だったのに。
いつもそうだ。単純でつまらない事がきっかけで、すぐ喧嘩になってしまう。
16歳の冬に塔矢に告白をした。あれから、2年近くたとうとしているが…。
何がどうなった訳でもない。オレと塔矢の関係は変わらないままだった。
オレとしては、そういう雰囲気に強引に持って行った事もある。
あれから、キスしようと何度迫ったことか…。だけど…塔矢は嫌そうだった。頑なにオレを拒む。
なぜ、拒むのかと聞いても、塔矢は自分でも理由がわからないようだった。
男同士だからとか、そういう行為そのものに対しての嫌悪感からか、それともオレ自身のことが嫌なのか。
どの理由もあてはまりそうで怖い。
あまりに拒まれるので、オレは塔矢に申し訳なくなり、求めるのをやめた。
塔矢のため、とか言っているが本当は自分自身が傷つくのが嫌だというのもある。
一度、大切な人を失った経験があるオレは、これ以上、何かを失いたくないと言う保身もあるのかもしれない。
塔矢を失いたくない。失うくらいなら、我慢をする。その方がずっといい。
だが…相変わらずオレと碁を打つのは、塔矢の中で優先順位が上らしい。
忙しい身の上だがそれなりに時間を作ってくれるし、連絡もこまめにくれる。
今は、それでいいのかもしれない。どんな形にしろ、塔矢の中にオレがいてくれさえすれば。

次の日、碁会所に行って荷物を預けようとしたら、市河さんにそっと耳打ちされた。
「アキラくんちょっと不機嫌なんだけど…何かあったの?」
「へぇ、市河さんよくわかるね。アイツ、怒っててもあんまり顔に出さないじゃん。」
オレが感心したように言うと
「何年、アキラくんを見てきたと思ってるのよ。」
市河さんは、胸を張ってそう答えた。
「今日の対局は勝ったみたいだし。どうせ、進藤くんが原因なんでしょ?」
「さぁね。」
わざと誤魔化すと市河さんが、むっとふくれた。
「いいわよねー。仲良しで。私なんか、アキラくんに笑った顔しかさせられないわよ。」
「笑った顔なら、いいじゃん。」
「ばかね、アキラくんは誰にでも笑うでしょ。物分かりのいい子だから、周囲に気を使うのよ。
たまに、無理してないか心配になるわ。」
完全に、恋人か母親のセリフだとオレは思った。
自分の身内でもない年上の女性から、こんなに心配してもらえるのは塔矢ぐらいなんじゃないだろうか。
しかも、市河さんは結構、美人だし。
和谷が聞いたら「アイツ」とか言って怒りそうだなと思った。嫉妬まじりの理不尽な怒りだけど。
周囲を見渡して、塔矢を探す。アイツはいつもと同じ場所に座っていた。
少しだけ表情が固い。市河さんの言う通り、不機嫌なのかもしれない。
「よっ」
オレは、敢えて普通に話しかけることにした。
大抵、喧嘩のあとに会う時はこうやって、何事もなかったかのように話し掛けるのが一番いいことをオレは知っていた。
塔矢は、オレをチラッと見て「やあ」と普通に返してくれる。
昨日の電話での喧嘩が嘘みたいだった。
「今日の対局は勝ったぜ。これで四段に昇段だ。」
昨日塔矢の”少しでも棋戦を上がってきたらどうだ?”の言葉に対してオレなりの成果を見せようと思っての
発言だったが…塔矢はさして興味がなさそうだった。
「打つ前に検討を先にしようか。」
わかってる。これが塔矢なんだよな。
オレは自分にそう言い聞かせて「ああ、検討しようぜ」と塔矢の提案に応じた。

ものの数分で、また喧嘩になってしまった。原因はオレにある。
オレが塔矢に半目で負けて、もう一度対局をしたら今度は二目半の差がついた。
そして、三度目は中押しで負けた。
あまりに力み過ぎたのが原因だろう。くやしかった。
「進藤、攻めるのが性急過ぎないか?もう少し、厚みをつくらないと。
逆に分が悪くなっている。」
三度目の対局のミスを塔矢に指摘されて、オレはムッとしてしまった。
自分でもその攻め方は形が悪いと思った。力んであせった結果がこれだ。
塔矢相手に甘い攻めは一切、通用しない。それはわかっていたんだけど…。
少しでも、攻められる所があるなら…と気持ちだけが急いてしまった。
こういう気分で碁を打つと必ずと言っていいほど、負ける。相手が塔矢なら尚更だ。
「今日は、ダメだ。多分、何度打ってもお前に勝てない気がするわ。」
この発言がまずかった。また、塔矢の勘に触れてしまったらしい。
案の定、お互い揚げ足の取り合いになって、オレが怒って碁会所を飛び出すと言うパターンだった。
もうこの風景に慣れてしまったのか、碁会所のお客さんはオレと塔矢の喧嘩を誰も咎めないし
むしろ気にも留めていない。
市河さんも、以前は「まぁまぁ」と止めてくれていたのだが、最近はそれも無い。
18歳にもなって懲りもせず…。お互い、大人げないと思うのだが。
なんだかなぁ…。
塔矢のことを好きだと思う気持ちは今もずっと変わらない。
だけど、最近どうしていいのかわからなくなっている。
いつも、いつも塔矢を怒らせてしまう。
オレは、塔矢とどういう付き合いをしたいんだろう。言いたいことを言い合えるのはいいと思うけど。
こう、いつもいつも喧嘩になってしまうのなら言わない方がいいのかとも思う。
でもなぁ。塔矢はプライドが高いし、オレにも意地がある。そこがぶつかるのは仕方ないよな。
ハァ…。オレは深くため息を吐いたのだった。

つづく

aya 著 / 掲載サイト:【Moment

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