Secret of my heart

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塔矢に想いを告げたのは、オレの誕生日の3日前だった。
今、季節は12月。11月からの寒さが、より一層厳しさを増していき、最近では布団からでるのが億劫で仕方ない。
最近、買ったばかりの暖房機が役に立ち始めている。

「進藤、最近、お前、ご機嫌だな。」
鼻歌まじりに、シャワーを浴びて出てきたオレを見て、和谷はそうつぶやいた。
今日はお互い手合いが無かったのでオレの部屋で一緒にご飯を食べた後に、一局打つことにしたのだ。
「そうか?別に普通だけど…。」
オレはタオルで髪を拭きながら、そう答える。
「さては、うまくいってんのかよ。アッチ。」
和谷の言うアッチとは、塔矢の事である。前からずっと相談に乗ってもらっていたのだ。
「まぁ、週2か週3くらいで、塔矢に会うけど。あれから仲が進展した訳でも何でもないよ。」
「ふーん。」
「和谷はさ、その前に言ってた好きな人とはどうなった?何か進展あった?」
いつも、オレの話を聞くだけで、和谷は自分のことをなかなか話そうとしないので、オレから聞いてみた。
「別に何もねーよ。」和谷はどぎまぎしながら、そう答える。
「好きなだけで十分って言ってたけど、本当にそれで満足なわけ?」
オレの言葉に和谷は「んー」と考える。
「満足なわけじゃないけど、今はそれでいいかなって。とりあえず。傷つきたくないから逃げてるだけ
なんだけどさ…。」
ハハと苦笑いした。なるほど。和谷の気持ちも痛いほど、よくわかる。
「でもさ、お前、別にうまく言ってる訳じゃねーのに、なんでそんなご機嫌なんだ?」
「んーなんかさ…塔矢と打っているだけで幸せ?って言うか…。
今は、まだその先の事とかいいかなって。だからかな?自分でもよくわかんないんだけどな。」
オレが笑顔でそう言うと「のろけはいいよ、もう。」和谷はハァと溜息を吐いた。

和谷が自分の部屋に戻った後、オレは最近の自分を考えてみる。
低段者相手の対局は全勝中。角脇さんや、伊角さんにも勝てた。
塔矢と本戦出場を争い、勝利を収めた天元戦も、あと一歩で決勝というところまでいった。
倉田さんに負けなければ、決勝まで行けたのだ。だが、オレの1目半負けだった。
あの対局はくやしかったなぁ。
それでも、他の高段者との対局は順調である。最近、調子がいいかもしれない、と我ながら思う。
だが、きっといつかまた伸び悩む時期が来るかもしれないと思うと怖くなる。
スランプに陥らなければいいのだが…。まぁ、来たら来たでその時はその時だ。
気楽に構えていた方がうまくいくし、オレの信条はそれだった。
それに…。
オレは、カバンの中から携帯を取り出す。電話帳を検索して、「塔矢」という名前を表示する。
携帯の番号を交換したいと言い出したのは、塔矢の方からだった。
『君に連絡したい時に困るから。』と、塔矢から申し出てきたのだ。
もちろん、塔矢が連絡したいと言うのは、碁絡みの上でのことだろうけど。
たったそれだけのことでも、オレは嬉しかった。
この機械ひとつで、塔矢につながるんだもんな。不思議だよな。
その時、タイミング良くオレの携帯電話が鳴り始めた。
ディスプレイに”塔矢アキラ”と表示されてオレはびっくりした。
図ってんのかな、アイツ…。そう思うぐらいのタイミングの良さである。
変なところで、勘いいからなぁ。とオレは思う。
「はい、もしもし?」
『進藤、今、大丈夫か。』
オレが出ると、塔矢の声が受話器越しに聞こえてくる。それだけで、嬉しくなる。
「うん、平気、平気。」
塔矢からの電話は明日の手合いの後、碁会所で打たないか、というものだった。
わざわざ約束しなくても、いつも手合いの後は碁会所で打つと決めていた。
まぁ、先週はオレが行かなかったので、確認したいのだろう。
相変わらず律儀というか、真面目というか…。
塔矢が求めているのは、オレ自身ではなくオレの碁というところが悲しい。
「じゃあ、明日、手合いの後に行くから。」
『あぁ、じゃあ、また…。』
塔矢はそう言って、電話を切った。
本当に用件だけなんだよな。塔矢って。
だからと言って、他に何を話すのか、と言われたら何もないが…。
まぁ、下手に余計な事を言って、塔矢のことを抱きしめてしまったことや
saiとは何者なのかを聞かれても困るので、今はこれでいいのかもしれない。


「フーン、倉田さんとの棋譜か。」
手合いの後、オレは塔矢と約束した通り、碁会所に来ていた。
市河さんにリュックを預けて、塔矢の待つ碁盤の前に座ると塔矢は碁盤の前で棋譜を並べていた。
本因坊リーグ戦の倉田さんとの対局の棋譜だった。
出版部で見せてもらっていたのでオレも知っていた。
「ああ。」塔矢が頷く。
「いい碁だったな。惜しかったし…。途中、お前が優勢になったしな。」
「相手はあの倉田さんだ。一度の対局では勝てる相手ではない。」
「だよなぁ…。オレも敗れたし…」
塔矢は、石を片づけ始めながら「打とうか?」とオレに聞いた。
「ああ」
オレも頷く。碁盤ごしに、見る塔矢は相変わらず奇麗だった。

「1目半か…。僕の勝ちだな。」
塔矢の言葉に、オレはハァと大きくため息をはいた。
「また、1目半?!こないだの倉田さんの時も1目半足りなかったんだよな。くそ…。」
どれどれ、と碁会所のお客さんも碁盤を見に集まってくる。
「やっぱり、若先生のが強いんだな。進藤くんも、もう少しだったね。ハハ」
そう言われると、なおさらくやしい。
「進藤、この一手。白の地を荒すための一手だろ。」
「ああ、そうだよ。右辺を狙っての一手だ。こっちに打つよりはバランスもいいし
地を稼ぐのにちょうどいいだろ。」
オレの言葉に、塔矢は考える。
「ならば、この時点でこちらに打った方がよくないか。そうすれば、この一手が強手になる。」
「お前の言う通りに、オレも考えたさ。でも、もうひとつ狙いがあったんだよ。
うまく、凌がれて力を発揮できなかったけどな。」
「君の力不足だな。」
塔矢の言い方に、オレはムッとした。
精一杯、自分の力を出し切った碁だっただけに余計にくやしい。だが、言い争っても負け犬の遠吠えにしかならない。
「もう一局。もう一局、打とうぜ。」
オレが、勇んで塔矢に言うと塔矢もそれに応じてくれる。
お客さんも、また、ケンカが始まるのか?と心配したような面持ちだったが
オレ達が、静かに打ち始めたのを見て安心したように自分の持ち場に戻って行った。

今度はオレが黒、塔矢が白になった。
一手をどこに打つか。そして、序盤にどういう布石を作るか。全ては自分次第。
どういう碁にしようか、オレは考える。試してみるか、自分の力を。
今度は粘ったのが功を奏したのか、オレの半目勝ちになった。
「へへ、どうだ。」
オレが得意げに言うと
「どうだ、じゃない。ギリギリだったじゃないか。」
「うるさいな、勝ったもんは勝ったんだよ。」
「おい、進藤!若先生に向かって何て口を叩くんだよ。」
オレが、言い返すと、今度は塔矢ではなく隣で打っていた北島さんにどやされる。
「いいじゃねーか、同い年なんだし。それに、力で言ったらオレとコイツは互角だし。」
「お前ー!」
北島さんは広瀬さんが止めなかったら、今にも飛びかかってきそうだった。
「まぁまぁ、北島さんも落ち着いて。進藤くんも、大人の人に向かってそんな口
聞いちゃ、ダメでしょ。」
市河さんがお茶を持って、顔を出した。
「ありがとう、市河さん。」今の騒ぎなどなかったかのように、塔矢は涼しい顔でお茶を受け取っていた。
オレも、温かいお茶を飲んだら落ち着いてきた。
はじめて来た時は、塔矢大好きなこの碁会所に居心地が悪く感じてしまったが
今では、北島さんを除けばだが、オレに好意を示してくれるお客さんも多い。
だんだん、居心地がよくなってきているな、とオレはしみじみ思った。
「そうそう、アキラくん、16歳の誕生日、おめでとう。」
突然、市河さんがそうつぶやいた。
「あ、そっか。若先生、今日、誕生日なんだ。市河さん、よく覚えてたね」広瀬さんがそうつぶやく。
「忘れる訳ないじゃない。毎年、この碁会所でお祝いしてたんだもの。」
「へぇ、ケーキとか食べたりしてたの?」気になったのでオレも口をはさむ。
「ええ。私やお客さんが買ってきたりしてね。
さすがに、アキラくんが中学にあがってからは辞めたけど…。」
オレは今日、塔矢の誕生日だと知らなかった。携帯の電話帳にも書いてなかったし塔矢も言わなかった。
なんか、オレって塔矢のことを何にも知らないんだな、と悲しくなった。
「せめて何かプレゼントでも買おうと思ったんだけど…。
アキラくんにガールフレンドがいたら、怒られちゃうと思って辞めておいたわ。」
市河さんの言葉に、オレも驚いたが、塔矢自身も驚いていた。
「そんな人、いないよ。」と苦笑いしていた。
オレはホッとした。
「そんな子、コイツにいる訳ねーじゃん。」
オレの決めつけた言い方に、塔矢はムッとしたらしい。
「君に決めつけてもらいたくないね」
と、言い返される。

「進藤くんは、いるのよね。」クスクスと市河さんが笑いながら言う。
「女子高生と歩いていたじゃない。こないだ、駅で見かけたわよ。」
市河さんの言葉に、オレは考える。女子高生?
そういえば、こないだあかりに駅でバッタリ合ったので、しばらく話しこんだ。
途中まで一緒に歩いて帰ったので、そこを見られたのだろう。
「別に、アイツは違うって。ただの幼馴染。」オレは慌てて、否定した。
「あら、そう?仲よさげに見えたけど…。」
「もうこの話、やめやめ。塔矢もう一局、打とうぜ。」
オレは話を切り上げさせる。塔矢に誤解されたくない。
チラリと塔矢の顔色を窺うが、いつもと変わらない涼しげな表情だった。
チェッ。別に、オレのことはどうでもいいってか…。

「さむっ…」
思わず、オレはつぶやいた。碁会所を出ると、外はもう真っ暗だった。やはり冬の夜は寒い。
「最低気温、4度みたいだね。」
一緒に碁会所を出た塔矢が、そうつぶやいた。4度か。どうりで寒いはずだ。吐く息も白い。
オレは一緒に歩きながらそっと、塔矢を盗み見た。
紺色のコートに、緑色のチェックのマフラー。どれも塔矢によく似合っている。
こうやって、一緒に歩いているのにどこか遠いんだよな…。
オレはこの距離がもどかしい。
今日もまた、路地裏を抜けて、大通りを通って駅まで行ってそれでお別れだろうか。
駅までの道のりがもっと、長ければいいのに。
「なぁ、塔矢。お前、今日、誕生日なんだろ?」オレの言葉に、塔矢が頷く。
「そうだよ。さっき、市河さんが言ってたじゃないか。」
「なぁ、碁会所でどんなお祝いしてもらってたんだよ。」
「別に普通だよ。ケーキを食べたり、写真を撮ったり。
僕がまだ小さい頃なんかは、芦原さんも来てくれたな…。」
「ふーん。塔矢先生とかは?」
「父は忙しくて。家でもそんなに祝ってもらったこと無いな。」心なしか、塔矢はさみしそうだった。
「今日は?先生たち、家にいんの?」
「いや、父も母も台湾だ。」
そうすると、塔矢は誕生日の夜も一人、寂しく過ごすのだろうか。あの広い家で。
もしそれが自分だとしたら、寂しい。寂しくて堪らない。
オレは誕生日に和谷や伊角さん、小宮たち院生メンバーと、佐伯さんを含めたメンバーに祝ってもらった。
いつも、部屋を借りているお礼だと奈瀬がケーキを作ってきてくれたのだ。
それを皆で、食べて、碁を打って、下らない話をして…。すごく楽しかった。
塔矢は、そういう相手がいないのだろうか。いや、いても嫌だけどさ…。
でも、なんていうか。同年代の友達とか…。
芦原さんや緒方さんじゃ、同年代とは言えないよな…。
「なぁ、お前、今から暇?」オレは塔矢にそう切り出した。
「今から?特に予定は無いけど…。」
「じゃあさ、お前んち行こうぜ。塔矢先生とかいないんだろ?」
「いないけど、なぜ?対局するなら、碁会所に戻った方が…」
塔矢はあいかわらず、碁のことしか頭に無い。
「ちがうよ、お前の誕生日を祝うんだよ。」
「誕生日を…祝う?」オレの言葉に塔矢は不思議そうな顔をしている。
「そう。だって、誕生日の夜に一人なんて、寂しいだろ。」
「僕は、別に寂しくないよ。去年もそうだったし。」
「オレだったら、寂しい。すげー寂しい。だから。」
オレはそう言って、強引に塔矢の家に行くことにしてしまった。
塔矢は不服そうだったが、オレが言い張るので諦めてしまったようだ。
君の好きにするといいよ、と最終的に承諾してくれた。
駅につくまでの間に、大型のデパートでケーキを買った。
カットケーキで十分だと塔矢は行ったが、オレは一番小さいケーキをホールで買った。
多少、お菓子も買った。

「お前ん家、行くの久々だな。」
玄関先で、オレはそうつぶやいた。
6月に緒方さんに連れられて行った研究会が最後なので半年ぶりだ。
「僕も、君のアパートには行ってないな。」
塔矢の言葉に、オレは驚く。
そんな言い方をされたら、来たいのだろうかと誤解してしまう。
「誰か来るとは思わなかったから、散らかってるけど…。」
塔矢はオレを、台所の隅の部屋に案内した。
塔矢の言う、散らかっているとはどのレベルなのだろうか。
オレのレベルでは、散らかっていると言えない程、その部屋は奇麗だった。
買ってきた、ケーキやお菓子を机の上に並べる。これで準備万端だ。
「おめでとう。」オレが笑顔でそう言うと塔矢は照れくさそうだった。
「別に、大したことじゃないのに…。」
「いいんだよ。誕生日ってのはさ、誰かに祝わせとけば。
オレも和谷とかに、祝ってもらったし。」
オレがケーキを頬張りながら、つぶやいた。
塔矢も黙って、ケーキを食べていたが、ふと思いついたようにつぶやく。
「今度の日曜日に、倉田さんが来るんだ。吉田さんや、星野さんなど若手を連れてくる。
検討も交えたいと思っているし。よかったら、君も来ないか?」
「ああ、日曜日なら何も無いし、いいぜ。倉田さんと再戦できるし。今度こそ、負けねーよ。」
「倉田さんも同じことを言っていた。進藤を誘えと言ったのは倉田さんなんだ。」
塔矢の言葉に、オレは笑った。
「あの人、オレと似てるとこがあんだよな。」
「子どもっぽい、とことかね。」塔矢の言葉にオレはムッとする。
「子どもっぽいのは、お前もだろ。負けず嫌いのくせに。」
「それは、君だろう。」
「いーや、お前の方が負けず嫌いだな。プライドも高いし…。」
「勝負師として、当然の資質を備えてるだけだ。君にとやかく言われる筋合いはないね。」
塔矢の言葉に、オレはなるほどと思った。塔矢の信条はそれな訳か。常に好戦的。
確かに、いつも勝ち負けがくっついてくる棋士としては必要な資質だ。
「オレもお前みたいな勝負強さがあればいいんだけどな…。必ず、勝てるという自信をもっとつけないとな。」
「君は充分、強いよ。」
塔矢の言葉にオレは驚いた。
いつもみたいに「ああ、そうだな」とか「君じゃ無理だな」とかそういう言葉を
言われると思っていたのに。
「僕も君のように打てたら、と時々思う。」
塔矢の言葉に、ドキッとする。そんなふうに褒められたら、期待してしまう。
少しでも、塔矢は自分に気があるのでは無いか、と。

「な、なぁ、塔矢。お酒、飲んでいい?」
慌てて、オレは話題を変えた。これ以上、褒められると顔に出そうで怖かった。
「お酒って?」
オレはガサゴソと、スーパーの袋から缶ビールを取り出す。
「いつの間に?!」塔矢が驚いた声をあげる。
「ちょっとだけ。ただ、ケーキとお菓子だけって言うんじゃ味気ないじゃん。」
「別に味気なくないだろ。それに、僕たちは未成年なんだぞ。」
「固いこと、言うなよ。」
和谷たちとは平気で飲んでいるし、佐伯さんも成人前に森下先生に付き合わされてよく飲んだと言っていた。
オレはグイッと一気に飲み干し、一缶開けてしまう。
さらに、オレは缶チューハイを3、4本取りだす。
塔矢は、ハァと溜息を吐いて
「せっかく、君と打てると思ったのに。」残念そうにつぶやいた。
「お前は本当に、碁ばっかりだなぁ…」
「碁ばっかりって、君もそうだろ。碁打ちなんだから。」
「そうだけど、オレは違うよ。」
「進藤…?」
オレの言葉に、塔矢は不思議そうな顔をする。
「オレは、お前のことをちゃんと見てるよ。碁だけじゃなくて。お前自身をさ。」
オレはだんだん、自分で何を言っているのかわからなくなっていた。
酒の力はすごいと思う。考えも無しに、ポンポン自分の言葉が飛び出す。ストレートにどんどん、言えてしまう。
今、saiのことを聞かれたら、普通に答えてしまいそうで怖い。
でも、全部本音だ。嘘は一つもない。オレは塔矢をじっと見つめた。
すっと流れ落ちるようなストレートな髪。きりりとそろえられた、眉。
そして、塔矢の一番の魅力は瞳だった。いつも前しか向いていない瞳。
塔矢はいつもまっすぐだった。
寄り道をたくさんしているオレなどすぐに置いてかれそうだ。
「君はそうやって、いつも僕を振り回すんだな…。」
塔矢は、深くため息を吐く。
「僕はいつも、いつも君の気持ちがわからない。北斗杯の時も、君が秀策にこだわる理由がわからなかった。
聞きたかったよ、でも、君がいつか話してくれるまで待とうと思ったんだ。」
「塔矢…。」
だめだ、塔矢に伝わっていない。
好きだと言ったのに、オレの気持ちは何にも伝わっていなかった。

「これ、かたづけるから…。」
塔矢は机の上の皿を片づけようと立ち上がる。
オレは咄嗟に塔矢の腕をつかんだ。予想通り、細い腕だった。少し捻ったら折れてしまいそうだ。
こんな細い腕から力強い一手が放たれるなんて信じられないと思う。
「進藤?」塔矢が訝しげな顔でオレを見る。
グッとひきよせると、塔矢はバランスを崩して倒れこむ。
オレはそのまま仰向けに塔矢を押し倒した。そして
―塔矢に口づけた。不意うちのキスだ。
初めは触れるだけ。でも、それだけじゃ許さない。
「やっ、しんど…!ん」
2回目、3回目からはもっと深く口づける。
最初は驚いて、固まってしまったかのようにじっとしていた塔矢だが
口づけが深くなると、驚いたように抵抗しだした。
「ん、ん!」もがく塔矢を押さえつけて、オレは塔矢に何度もキスをした。
自分でも、何をしているんだと思う。我ながら、ガッつくなんて恥ずかしいと思うし塔矢に申し訳ない。
だけど、若さゆえなのか、それともずっと好きだった塔矢だからなのだろうか。辞められなかった。
やっとオレが塔矢を解放した頃には唇が焦れて、感覚が無くなっていた。
塔矢の唇は水滴がついて光っていた。それが自分のものだと思うと、オレは途端に真っ赤になる。
誘うような唇。ずっと見ているとまたキスしたくなる。
あわよくば…そう思った瞬間に、パンッとオレの右頬に鈍い痛みが走った。
「いってっ…」
塔矢はそのまま、オレを押しのけて立ち上がる。
「塔矢!」
オレが見上げると、塔矢は涙目だった。
塔矢の涙を見るのは2回目だった。あの時も塔矢は怒っていた。
怒って帰ってしまったのだ。
だが、今、塔矢はオレに何も言わない。
ただ、オレをキッと睨みつけるだけだ。
「帰ってくれ!」
一言だけ、そう言うと塔矢は部屋から出ていってしまった。
「塔矢、ごめん!オレ…。だけど…」
オレはそう、言いかけたけれど。塔矢の姿はとっくに無かった。

つづく

aya 著 / 掲載サイト:【Moment

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