あれから、また塔矢に避けられている日々が続いていた。 棋院で会ってもあからさまに避けられる。和谷には、何やってるんだよ、と呆れられる始末。 和谷にもさすがに、無理やり押し倒してキスしましたとは言えなかった。 だが、オレの碁の調子は良かった。 ほとんどの棋戦は、2次予選まで進んでいたし王座戦は最終予選まで進んでいた。 塔矢も塔矢で、リーグ入りした名人戦を順調に勝ち進んでいた。 「あら、進藤。右頬、腫れてるわよ。女の子にでもパーンってやられたわけ?」 いつもの和谷たちとの研究会で、奈瀬に言われて、嘘をつくのが大変だった。 こんなふうに頬を赤くするのは、モテる男の勲章らしい…。 門脇さんに教えられたが、あんまり嬉しくないなぁと思った。 その日は夕方まで、和谷の部屋で研究会をした。 携帯に着信があったのは、夜になってからだった。 「もしもし?よっ!」 ディスプレイを確認しないで出ると、元気な声が受話器から聞こえてくる。 塔矢から掛かってくる訳ないよなぁと思いながら、少しは期待もしていたので違うとわかってがっかりした。 だが、あんまりがっかりした声で出ると、相手に失礼だ。 「三谷だろ?」オレは努めて明るい声でそう聞いた。 「ああ!」案の定、声の主は頷いた。 三谷とは1カ月程前に、偶然駅で再会した。 三谷は、今時の男子高校生のように髪を茶髪にそめ、ピアスまであけていたので驚いた。 最初は何だか気まずかったが、電車で話しているうちにだんだん打ち解けてきて前のように話せるようになったのだ。 三谷とはもともと、気は合っていたし、話していてとても楽しかった。 三谷は、高校の囲碁部に入ったらしい。加賀や筒井さんと同じ高校だと言うから驚きだ。 「進藤!オレ、今碁会所にいるんだけど。お前は今、暇か?」 三谷の言葉にオレはんーと考える。 三谷から誘われるのはこれが初めてではなかった。だが、都合がわるくて断ってばかりだった。 明日は、塔矢に誘われていた倉田さんたちとの研究会だ。行くか、行かないかで悩んでいた。 塔矢に会いたいけれど、会うのが怖い。 まぁ、研究会自体は午後からだからそんなに遅くならなければ大丈夫かな。 「加賀や筒井さんも来るんだぜ。お前も来いよ」 という三谷の言葉にオレは、胸をときめかせる。 中学の時の囲碁部が思い出される。三人に背中を押してもらって、院生試験に臨んだのだ。 「ああ、行くよ。」 気がつけば、オレはそう返事をしていた。 三谷の行きつけだった碁会所に久しぶりに足を運ぶ。 地下の階段を下りて、扉をあける。 「進藤くん!」 最初に気がついたのは、筒井さんだった。 少し、大人っぽい雰囲気になっていたがすぐにわかった。 「久しぶり、元気だった?! 三谷から進藤くんが来るって聞いてね、予備校サボってきちゃったよ。」 へへ、と筒井さんが笑った。 「囲碁部、大会なんでしょ?」 オレの言葉に、筒井さんの向かい側に座っていた三谷が頷く。 「年明けにな。だから、お前に鍛えてもらおうと思ってさ。」 「三谷、進藤くん、プロなんだよ?」筒井さんが、心配そうにつぶやく。 「構わねーよ、約束したもんな。」 「ああ、もちろん。オレも打ちたいよ、久しぶりに皆と。」 そういえば、加賀の姿が見えない。 「8時にこの店って約束したんだけどね。来ないんだよ。」と筒井さんが教えてくれた。 時間にルーズな所も相変わらずだ、とオレは思った。 「石は?何子置く?」オレの言葉に三谷が「あん?」と怒る。 「互い戦に決まってんだろ!」 「よーし、かかってこい。」 「うわぁ、プロの対局が見れるなんて感激だなぁ。」 筒井さんの言葉にオレは恥ずかしくなる。思えば、つい4年前。 こうしてオレも皆と同じように打っていた。あの時は、筒井さんや三谷に勝てなくてくやしかった。そういや、佐為も居たなぁ。 そうだ、この碁会所で強面のおっちゃんから三谷の一万円を取り返したんだ。 「くそー!!投了だよ、投了!!進藤、お前、手加減なしだろ。」 三谷はくやしそうに、頭を抱える。 「ハハ、うん。でも、三谷も強くなったな。」 「そりゃ、毎日、加賀に打ってもらってっかんな。」 加賀は予備校に行かないで毎日、遊び歩いているらしい。だが、受験は余裕なのだそうだ。筒井さんが悔しがっていた。 「進藤くん、次、僕と打って。もちろん、石を置いてだけど…。」 「俺も入れてもらおうか。」 突然、派手な柄のシャツにサングラスの男がやってきたと思ったらドカッと筒井さんの隣に座った。 「加賀!」筒井さんが驚いたように声をあげた。 「よぉ。久しぶりだな、進藤。」 頑張ってるようだな、と言われてオレは恥ずかしくなる。 「二面でいいだろ。あ、三谷もついでに打ってもらえよ。」 「ついでって、なんだよ。」 そういいながらも、三谷もオレの前に座る。結局、三面打ちになった。 筒井さんは5子、三谷は4子、加賀とは定石で戦うことになった。 対局はプロとの対局とは違って、また楽しかった。 加賀は、プロの低段者いやそれ以上に強いとオレは感じる。結構ぐいぐい押される。 だが、オレもプロとしての意地で負けられない。2目半の差をつけて勝つことができて、ホッとした。 こうして、また普通に皆と会う事が出来て、嬉しい。一時は気まずくて、会いづらかったのだ。 「そうだ、藤崎のやつ…。海王高校に行ったの知ってるか?」 碁会所を出たところで、三谷がそう切り出した。 「知ってるよ。こないだ、駅で会って驚いた。あいつ、頭良かったんだな…。」 あの時は、海王の制服を来ていたので驚いた。公立はダメだったらしいが、海王高校には推薦で入ることができたらしい。 あかりにも、囲碁部に打ちに来てほしいと頼まれた。 海王高校の囲碁部は、やはり競争率が激しく、レギュラーとして大会に出るのが難しいらしい。 だが、あかりは頑張ると意気込んでいた。三谷も三谷で、大会に向けて目下、特訓中だ。 みんな、それぞれの目標をクリアするために頑張っているのだ。 囲碁部の大会かぁ。三将、副将、大将と別れて戦う団体戦。あの独特の緊張感をもう一度味わいたいと思った。 プロになってからは個人戦ばかりだ。日本代表に選ばれた北斗杯も楽しむ余裕が無かった。 残念である。来年の北斗杯は、もっと楽しもうと思う。 塔矢に負けないぐらいの力をつけて、大将として出場したいし、高永夏ともう一度戦いたい。 「じゃあ、また…」とオレが帰ろうとすると加賀に肩を掴まれた。 「お前、何帰ろうとしてんだよ。」 「え?」 「これから一晩、付き合ってもらうからな。」 「な、ちょっ…。」 結局、加賀にカラオケに付き合わされ朝の始発でアパートに戻る頃にはボロボロだった。つづく
aya 著 / 掲載サイト:【Moment】