その1


波打ち際に立ち、サスケは兄のことを考えていた。
たった一人で一族のあやまちを背負い、そして自分を犠牲にして
名誉の代償に汚名を、愛情の代償に憎しみを受け取りそれでもなお、笑って死んでいった兄。
一体、兄は何を思い、自分と戦ったのだろう。
自分に殺されることを望みながら、何を思いながら…。
最後の最後までイタチは、真実を明かさなかった。
一族皆殺しは、自分の器をはかるためという利己的で狂った思想の男を演じきった。
そして、死んでいった。
トビに明かされた真実。
サスケにはにわかに信じがたい真実だった。
けれど、あの優しかった兄の姿が偽りの姿ではなかったことになる。
どこまでも平和を愛した男…。
そしてその平和よりも、弟である自分の命を守ろうとしてくれた男。
涙が止まらなかった。
ずっと復讐の相手としてしか考えていなかった。
過去もなにもかも捨てて、里さえも捨てて、俺は兄を殺したかった。
ただ、それだけのためにすべてを犠牲にしてきた。
けれど、それすらイタチの書いたシナリオどうりだったなんて。
胸がえぐられるかのような、傷みがサスケを襲う。
愚かなる弟よ。イタチの言葉が蘇る。
兄さん、俺は本当に愚かだった。何も、何も知らなかった。
何も知らずに俺はアンタを追いつめ、アンタを死に追いやった。
それでも、アンタは笑って死んでいった。
汚名を背負い続けたまま、俺に憎まれたまま、アンタは死んでいったんだ。



「サスケ…」
花燐が、たまらずにそう呼びかける。
「今はそっとしといてやれ。」
重悟が花燐をそう窘める。
花燐が何かを重悟に言っている。だがサスケにはよく聞こえない。
二人の声がだんだん遠ざかってゆく。
サスケは気を失って倒れた。











「サスケ、サスケ!」

ハッとサスケは目が覚めた。サスケの側には心配そうな花燐の姿があった。
「ずっと夢うつつに、イタチの名前を呼んでいた。」
重悟も心配そうにサスケを見ている。
だがサスケはそんな二人に気を配っていられるほど余裕がなかった。
兄の姿が頭からこびりついて、離れないのだ。
何も知らない昔の自分を殺してやりたいぐらいの衝動に駆られる。

「こんな所にいた、結構探したんだけど。」
水月がサスケの元にやってくる。
「げ、いつにも増してひどい顔色だな、サスケ。」
騒がしい水月に重悟が眉をひそめる。
「水月、少しは察してやれ。サスケは今、一番、苦しいんだ。」
「けっ、だから俺様がひと肌脱いでやったんじゃないか!ほら、じいさん、頼むよ。」
水月に促されて一人の老人が現れる。水月の半分ほどの身長しかない華奢で小柄な老人だった。
だが、猛禽類のような鋭い目をしていた。顔に刻まれた皺も相当深い。
「おい水月、だれなんだよ、このじじぃは!」
花燐がうさんくさそうにその老人をじろじろ見る。
「おい花燐、あんまり失礼なこと言うなよ。この人は刻印の村の長、元老師さまだぞ!」
「刻印の村、聞いたことがあるな。忍大国ではないが、能力に長けた術者たちの村だと。」
重悟の言葉に、水月はニヤリと笑った。
「その通り。この村の術者は時渡りの術が使えるのさ。」
「時渡り…?」
「つまり、時空を超えることができる術ってことさ。」
水月の言葉に花燐が大笑いする。
「けっ、そんな術があるわけねーだろ。そしたら、みんな都合の悪いことは変えちまうだろ。」
「それはできないんだよ。できるのは、ただ過去に戻るだけ。過去を変えることはできない。」
水月の説明に花燐は首をかしげる。
「どういうことだか全然、わかんねー」
「別にお前が理解しなくてもいいさ。今回、時渡りの術をかけてもらいたいのは
サスケなんだからさ。」
「てめぇ、サスケに何か変な事しようってんなら、ぶっ殺すぞ。」
「別に変なことじゃないさ。ただ、過去と決別するために、ね。」
水月はサスケの顔をちらりと見る。
「このままじゃ、サスケは救われない。ずっと過去の兄の幻想におびえ続けるだけだよ。」
「水月、お前の言いたいことはわかるが、過去は変えられないんだろ。
戻ったところで傷口をえぐるだけじゃないか。」
「重悟はこのままでいいと思うのか?
蛇が鷹になったって、当のサスケがこのまんまじゃ飛びたてないで、暁に喰われて死んじまうよ。
まぁ、どうするかはサスケが決めていいと思うけどね。」
必然と3人の視線がサスケに集まる。
「サスケ、どうする?過去に戻って自分で真実を知って決着をつけるか。」
水月の言葉にサスケは、頷いた。
「幸せだったあの頃に兄と暮らしていたあの日々に戻れるのなら
この目で知りたい。この目で確かめたい。トビの言っていた真実とやらが本当かどうか、を。」



サスケの返事を経て、元老師は着々と時渡りの儀式の準備を始めていった。
満月の夜でないとこの術は成功しない。たまたま、今夜の月が満月だった。
元老師が術式をサスケの体に施していく。
「では、今からお前の魂を過去へと飛ばす。どこの時にいくかはワシにはわからぬ。
お前が一番戻りたいと望む時に、飛んでいくだろう。
その間、現在のお前の体は魂が抜けた無防備な状態になる。ワシが安定した状態になるように保とう。」
「過去は変えられないんだな。」
サスケの言葉に元老師は深く、頷いた。
「そうじゃ。未来のことを話そうとする、もしくは未来が変わるきっかけとなるような
ことをしようとすればそれ相応の罰が下される。」
そのようなことはしないと、約束しろと元老師はサスケに言う。サスケは深く頷いた。
「では、これより、時渡りの儀を執り行う。」
聞いたことも無い呪文を元老師が唱え始める。その途端、サスケの意識は薄らいでいった。