その2

意識がはっきりと覚醒した時、サスケはうちはの敷地の森にいた。
視覚が、嗅覚が、五感の全ての感覚が戻ってくる。

「よく見てろよ。」

頭上で声がした。サスケは慌てて岩陰に身を隠す。

次の瞬間、何かが空に舞う。弧を描き、それは人の形へと変わる。
手には大量の手裏剣。これは、手裏剣を的にあてる修行。
写輪眼の基礎の基礎。手裏剣術の修行だ。
基礎とはいえ、岩の裏くの的にあてるには相当の技術が必要だ。
兄の得意分野だった。この忍としての高い技術力と優れた身体能力。兄が天才と言われた所以でもある。
どうやら、8年前、兄と手裏剣の修行をしたこの時にタイムスリップしたらしい。
手裏剣が的の中心に当たるのと、イタチが着地するのとほぼ、同時だった。
サスケはあっけにとられ、茫然と兄の姿を見つめてしまう。
少し、幼い顔立ちの兄の姿。けれど、風格はもうすでに立派な忍だ。
「すっげーよ、兄さん!岩の裏の死角の的にもど真ん中だ。
オレにも教えてくれよ!」
兄を無邪気に慕う幼い自分の声。サスケは虫唾が走るほど嫌気がさしてくる。
何も知らない自分。むしろ、何も知らされていないことにすら気づけない自分。
そんな過去の自分に嫌悪感がこみあげてくる。
けれど、イタチはそんなサスケの額を笑顔で小突いた。
「許せ、サスケ。また今度だ。」
既視感。兄の最後の姿と重なる。兄さん…。

「兄さん、どうしたの?」
イタチはきょろきょろと周囲を見渡す。
「誰かいたの?」
「気配を少し感じたんだが…。気のせいだったらしいな。」
危なかった。思わず身を乗り出し過ぎてしまったのだ。
サスケは咄嗟に土の中に身を潜めた。この大蛇丸秘伝の土遁の術が使えなければ、見つかっていたことだろう。
しばらく土の中に身を潜め、2人の姿が遠ざかっていくのを確認してから、サスケは土の中から這いでる。
さて、これからどうしようか。
過去を確かめにきたのだからイタチの側にいなければ意味がない。
だが、優秀な忍である兄の前で気配を隠しながら近づくのは難しいだろう。
サスケはしばらく考え、カラスに変化することにした。
この変化の術も大蛇丸から盗んだものだ。気配そのものを動物の姿に変えることができる術だ。
習得するのが大変だったが、苦労しておいてよかった。
距離を取りながら、2人の後ろ姿を追う。
幼いサスケは足を挫いて、兄の背に乗っていた。

「オレ、明日からアカデミーだ。早く兄さんみたいになりたいんだ。」
嬉しそうにはしゃいでいる自分の姿。どこか痛々しい…。
イタチはそんな自分を、見つめ、微笑んでいる。
兄は何を思い、微笑んでいるのだろう。
やっぱり、外からじゃ何もわからないな…。
けれど、真実を確かめたくてはるばる過去からやってきたのだ。
サスケは空高く舞い上がり、2人の家に先回りすることにした。






屋根の上に降りたち、2人の到着を待っていると、家の中から父が現れる。
懐かしい父の姿にしばし、目を奪われる。
やがてサスケを抱えたイタチが現れる。父はそんなイタチに、明日の特別任務について告げる。
うちはとして誇らしい、と。暗部の内定を心待ちにしていると。
だが、当の本人はうかない顔だ。

「俺は明日の任務には行きません。」
兄はそう言い切った。
「明日はサスケのアカデミーの入学式に行きます。」
父は驚いた表情をする。
幼いサスケは2人のやりとりにオロオロするばかり。
先に折れたのは父の方だった。
「わかった、俺がサスケの入学式に行こう。」
「サスケ、足をよく冷やしておけよ。」
イタチは何事もなかったかのように、そう言うと家の中に入っていった。
この時、自分が何を思ったのか、サスケは痛いほどよくわかる。
父が、自分よりも兄を優先することへの嫉妬。そして、兄はそれに奢らずに自分を優先してくれる。
どう考えても、サスケの入学式よりも兄の特別任務の方が、うちは一族にとっても重要なことだろうに。
わかっているのか、いないのか、いや、イタチは痛いほどわかっていたのだろう。
それでも、サスケを優先してくれる兄の器の大きさに、羨望すると共に一生かかっても兄にはかなわないと悟った。

カァ。
サスケが物思いにふけっていると、突然、カラスがサスケの目の前に現れた。くちばしと爪でサスケに向かってくる。
サスケはすんでのところで、カラスの攻撃を避けると空に飛び立つ。いつの間にか何十羽にも増えていた。
どのカラスも臨戦態勢だ。

「兄さん!カラスたちが…」

幼いサスケが兄を呼びに家へと慌てて入っていく。

ちぃ、まずいな。

このカラスたちはおそらく、イタチのものだ。家を守らせているのだろうが、今は厄介だ。
変化をとけばおそらく、サスケがうちはの人間だとわかってくれるだろうが、正体がバレるとまずい。

サスケ、何かあったのか?

「兄さん、カラスが急にさわぎだしたんだ。」

「なるほどな。おいで。」

イタチがサスケに向かってそう呼びかけてくる。
おいおい。呼ばれたって行けるかよ。

そう思うのだが…サスケの体はイタチのもとへと引き寄せられて行く。
そういえば、兄は鳥を扱うのがうまかったっけ。
サスケはイタチの肩に強引にとまらせられた。イタチに見つめられると体が金縛りにあったかのように動けなくなる。
「綺麗な毛色だな。お前はどこから来たんだ?」
射抜くようなイタチの視線。
まずい、正体がバレると厄介だ。
「ここはお前の縄張りにはできないよ。俺のカラスたちに見張りを頼んであるからな。
どこか遠くへ行くといい。」
体の金縛りがとける。
サスケは慌てて飛び立った。カラスたちがまた、サスケに向かってこようとする。
「お前たちも、攻撃しなくていい。ほっといてやれ。」
イタチがそう、命じるとカラスは一斉にサスケから離れて、屋根へと止まる。
「さあ。サスケ、戻ろう。」
イタチは、幼いサスケを連れて家へと入っていく。
やれやれ。正体がバレるかと、ヒヤヒヤしたがどうにか、バレずに済んだらしい。
けれど、このままじゃ家に近づけない。

うまくいくかどうかは分からないが、やってみるしかない。
まだ、開眼したばかりでうまく、使いこなせるかどうかも、わからない。
サスケは、眼に意識を集中させ万華鏡写輪眼を発動させる。兄ほど、うまくは使えないがこれしか、方法がない。
サスケは左の目でカラスたちを見つめた。
臨戦態勢だったカラスたちが、急に大人しくなってくる。
少し、ほんの少しの間だ。兄のそばにいさせてくれ。兄が本当の自分の姿に気づいてくれることは無いとしても。