その1
「サスケ、覚悟はいいか?お前に見せてやろう。お前の望む世界を…」




ガタンという音で、突然目が覚める。なんだ。何事だ?
サスケは慌てて周囲を見渡す。
どうやら、自分は布団で眠っていたらしい。白いシーツに白い布団。
布団の他には、机と本棚。それだけの殺風景な部屋。
サスケは妙に懐かしい気分に襲われる。ここは昔、サスケが住んでいた部屋だった。
なぜ、ここに?サスケは記憶を探る。

「お前の望む世界を見せてやろう…」

トビの声が頭の奥で聞こえた。
それで思い出した。ここはトビの生み出した限定月読の世界だ。


昨日の夜、突然、トビがサスケの元を訪れたのだ。
何の前触れもなく、本当に突然だった。
「お前には協力してもらいたい。オレの最終目的を達成するために。」
「…断る。俺はアンタに協力するつもりなどない」
サスケの言葉にトビは「フン」と鼻で笑った。

「お前は憎しみに取りつかれている。
オレの計画が成功すれば、そんなくだらない感情を抱かなくてすむようになる。」
サスケは何も言わずに、目の前の仮面の男を睨みつける。
もう、どうでもよかった。サスケにとっては、この世界などどうでもよい。
一番大切なものはもうすでにこの世にない。
いまさら、憎しみがなくなろうがなんだろうが、もう何もかも遅すぎるのだ。
なかなか思い通りにならないサスケに、業を煮やしたのかトビはこう、言い放った。
「わかった。お前に見せてやろう、憎しみのない世界を。まだ実験段階ではあるが…。
ほぼ完成形に近い。」
その言葉にサスケは眉間にしわをよせた。どういうことなのか、よくわからない。
トビは何をしようくとしているのか。
「いまさら何をされても、俺の心は動かない。」
「どうかな。サスケ、オレの目を見ろ。」
殺気。一瞬にしてトビの纏っている空気が変わる。
仮面の奥のトビの瞳は燃えるように赤い。禍々しいチャクラだ。
「何のつもりだ!」
すぐに応戦できるように身構える。やはりこの男、油断できない。
「悪いようにはしない。素直に俺に従え。」
誰が従うか。サスケは腰にある刀に手を添える。
これ以上、何かしてみろ。殺してやる。
「サスケ、覚悟はいいか?お前に見せてやろう。お前の望む世界を…」
俺の望む世界…?
サスケはトビの言葉に一瞬、怯む。まともにトビの瞳を見てしまった。
その瞬間、サスケは身体を上下左右にひっぱられているような感覚に襲われる。
四肢がちぎれそうに痛む。
くそっ、なんなんだこれは…。
「いいか、サスケ。これが限定月読だ…お前の望む世界だ。よく見ておけ。」
遠くでトビの声がした。




ガタン、とまた外で大きな音がする。ハッとサスケは我に返る。
すべてを思い出した。何が望む世界だ、アイツ、余計な事を…。
それにしても、煩いな。さっきから、窓の外でガタガタ音がする。
サスケは布団から起き上がると、窓を開けた。
そこにいたのは、一羽の烏だった。烏が屋根の上にとまり、じっとこちらを見つめていた。
漆黒の瞳…。まるで吸い込まれそうだ。
やがて、烏はカァと一際、大きな声で鳴くとどこかへ飛び去っていってしまった。




「サスケくーん!!」
サスケが長い事窓の外を眺めていると、家の塀の所でサスケを呼ぶ声がした。


「火影様がね、一度、火影室に来いって言うのよ。
だから、迎えに来たの。」
サクラはそう言って、顔を赤らめ、笑った。サスケは、何と言っていいのか、わからなかった。
なぜなら、元の世界ではこの隣にいる自分に好意を寄せているであろう彼女を利用し、この手で殺そうとしたのだから。
サスケが何も言わないことに慣れているのか、サクラは気にせずに自分の話をする。
「それでねー、って、もう着いちゃった。あっという間だったな。
話をしていると、時間がたつのって早いね。」
正確に言うと、サスケは言葉を発していない。サクラが一人で一方的に話し続けていただけだ。
それでも、彼女は楽しそうだった。

二人で並んで、火影のいる部屋の戸をノックする。
「おせーってばよ、二人とも!」
こちらが押す前に戸が開く。中からオレたちを出迎えたのは、鮮やかな黄色い髪の男だった。
「サスケくんを迎えに行ってたの。しょーがないでしょ。」
「サ、サクラちゃんってば!俺も迎えにきてほしかった…。」
ガクンと肩を落とすナルトと、サスケはまともに目が合う。
つい、こないだ会った時には、俺はナルトも殺そうとしたのだ。
サスケがそんなことを思い出しているとは露知らず、ナルトはサクラへの恋心しか頭になさそうだ。
ナルトはくやしそうに、サスケを睨みつけた。
「こらこら、火影様の前で失礼でしょ。ナルトもいくら父親だからって、甘えちゃダメ。」
そう言ったのはカカシだった。サスケは、今の今までカカシがいることに気づかなかった。
さすが、忍だ。気配を消すことに慣れている。
「ナルト、男の嫉妬はみっともないぞ。」
そう言ったのは、長身の男だった。ナルトと同じ黄色い髪。
顔は知っていた。だが実際に会ったのは初めてだ。
「あ、アンタが火影、なのか。」
思わず聞いていた。
「おいおい、サスケどうしたんだよ。ミナト様の顔を忘れたのか。」
カカシは驚いたように、サスケの顔を見る。
サクラもナルトも、ミナト自身も不思議そうな顔でサスケを見つめる。
「いや、何でもない。」
サスケはプイと横を向く。
「サスケでもぼけるんだね。」
ミナトはくすくす、笑った。その笑った顔はナルトそっくりだった。
黄色い髪も、よく似ている。きっと、アイツも大人になったらこんなふうになるんだろうか。
今のナルトからは、全く想像できない。
それにしても、ミナトはサスケのことをよく知っているようだ。
この世界では、サスケとミナトは面識があることになっているらしい。
まぁ、火影という立場上、里の忍を把握しているのは当たり前のことだ。
だが、サスケはミナトのことを何も知らない。ナルトの父親だということを知ったのもごく最近のことだ。
おそらく、ナルト本人も知らされていなかったのだろう。そんな話を聞いたことは一度もなかった。
「さて、時間が勿体ないから本題に入るね。」
ミナトは急に真面目な顔をする。
「単当直入に言うと、カカシ班を解散する。」
ミナトの突然の言葉に、サクラとナルトは「は?」と驚いた顔をする。
「解散って、どーいうことだってばよ。父ちゃん。」
「ナルト、火影室にいる時はちゃんとした呼び方をしなさい。」
ミナトは厳しい声で、そう言った。
「か、解散って、どういうことですか?」
サクラの言葉にミナトは
「カカシには別の任務についてもらうことになってね。」
そう、答える。
「じゃあ、俺たちの班の隊長は誰になるんだってばよ。」
「そのことなら、大丈夫。もう頼んであるから。」
ミナトは笑顔で言った。
「なんだよ、解散とかいうからまじでびびった…」
「初めから、アテがあるならそう言ってくださいよ。」
「どうかな。とても、厳しい人に頼んだから。
君たちのでき次第では、引き受けてもらえないかもしれない。」
なぜか、ミナトはちらっとサスケの方を見る。
「午後二時に、サバイバル演習場、集合。いいね。」