その4

目を覚ますと、サスケは自分の部屋の布団の上だった。
しばらく呆けていたが、いろんなことを一気に思い出し、憂鬱な気分になる。
頭が重い。体はひどく疲れていた。
もう少しだけ、眠ろう…そう思い、再び目を閉じる。

「あれから24時間、ナルトと戦った気分はどうだ?」

頭上から声がふってくる。おそるおそる目を開けると、イタチの姿があった。
イタチのかけた幻術の中でサスケはナルトと戦い続けた。
最後の最後は、もうお互いボロボロだった…。
肉体的にも精神的にもかなり疲労したことは言うまでもない。
最後は気を失って、サスケは倒れたのだろう。ここまで運んでくれたのはイタチだろうか。
「別に」
言いたいことは山ほどあるが、言うのも癪なのでサスケはそれだけ言って、プイとそっぽを向いた。
「お前、今日、ナルトとサクラに何を言ったか覚えているか?」
イタチはそう、言いながらサスケの側に腰をおろす。
サスケはそんなイタチから、背を向けるようにして寝返りをうった。
イタチの視線が背中に集まっているような気がして、なんだか落ち着かない。
「仲間など、いらないか。本当にそう思うのか?」
「ああ、俺は1人だ。これからもずっと。1人でいい。」
もう、アンタを失いたくないんだよ。心の中でそう、つぶやく。
そんなサスケの本心には、当たり前だがイタチは気づかない。言葉通りに受け取ったようだ。
「父上たちの死がお前をそうさせてしまったのか。」
せつなそうに、イタチはつぶやく。
それもあるけれど、ちょっと違う。
サスケはなんと言っていいかわからなくて、返事をする代わりに、イタチの方へ体の向きを変える。
思ったより、近くにイタチがいてサスケは驚く。久しぶりに兄の顔をまじまじと見た。端正な顔立ち。
男にしては白い肌。相変わらず、兄はキレイだった。実兄に対して、そう思うのはおかしいのかもしれないが
キレイなものはキレイなのだから仕方ない。
ずっと会いたくて会いたくてたまらなかった。
そんな兄が穏やかな表情で、目を細めて自分を見ている。
「サスケ?」
急に黙ってしまったサスケが気になるのか、イタチが心配そうな声でそうつぶやく。
「何でも無い。」
慌ててサスケはごまかした。まさか、アンタの顔に見惚れてたなんて、口が裂けても言えない。
イタチは続けて何かを言おうとしたが、サスケの顔を見て何かを考えるように押し黙った。
「サスケ、ちょっと目を見せてみろ。」
不意にイタチの顔が近づいて来る。
「写輪眼を発動してみろ。」
よくわからないが、イタチの目は真剣だった。
サスケは、仕方なく言われるがまま、発動する。イタチの手がサスケの目の下やまぶたにふれる。
何かを確かめているらしい。
その時、サスケは始めて兄と妙に近い距離にいることに気がつく。
互いの息遣いが感じられる距離だ。まるで、恋人同士がキスするような…自覚しなければよかった。
心臓が高鳴る。こんなに近づいたのはきっと子どもの時以来だ。
よくおでこにトンッとされたっけ。あれ、結構痛かったんだよなぁ。
そんなことを思い出してしまう。
「に、兄さん。ま、まだかよ!」
少し、声が上擦ってしまう。
「もう少しだ。」
耳元で囁かれて、思わず体が震えてしまう。は、早く!
やっと、イタチの観察は終わったらしい。すっと顔が離れて行く。サスケはホッとした。
「お前、いつ開眼した?」
サスケの心境とは裏腹にイタチは真剣に問いかける。
「え?」
「万華鏡写輪眼だ。」
ああ、そのことかとサスケは思った。
元の世界で、サスケはイタチを手にかけ、イタチの瞳を移植することでこの瞳を手にした。
だが、この世界のイタチに「アンタの死を見たからだ。おまけにこの瞳はアンタのもんだ」とは
言えないだろう。
「わからねぇ。アンタが長期任務に出てる最中だ。
自分でも気づかないうちに、使えるようになってた。」
「そうか。万華鏡写輪眼は最も親しい者の死を経験すると、開眼する。
お前も父上たちの死を経験したから、だろうな。」
お前もということは、この世界のイタチは、フガクたちの死を経験したことで
万華鏡写輪眼を開眼したことになっているのか。
「時間をみつけて、修行しないとな。」
「修行?」
「万華鏡写輪眼はうちは最大の瞳術だ。だが、使い方を一歩、間違えば
己をも危険に晒してしまう。力を制御する方法もお前に教えておかないと。」
イタチの言葉に、サスケは目をみはる。修行…兄さんと、修業か。
「アンタにそんな時間、あるのかよ。」
嬉しいはずなのに、サスケの口から洩れるのは皮肉ばかりだ。
「とろうと思えば、いくらでも。」
そういえば、イタチは暗部からはずれ、カカシの代わりに第7班の隊長を務める事になっている。
どういうことなのか。尋ねると
「お前は、俺が隊長だと不服か?」
逆に問い返されて、サスケは戸惑う。
「不服だなんて思ってない。ただ、驚いただけだ。アンタ、柄じゃないんじゃないか。」
「これでも、暗部の部隊長を数年、努めた。キャリアはカカシさんに劣っていないはずだ。」
「そうだけど…」
「とはいえ、ずっとじゃない。カカシさんが戻ってくるまでのほんの三月だ。
三月たてば、俺は暗部に戻る。長期任務で、里を離れる。いつ、戻れるかわからない。」
「じゃあ、何で小隊長なんか引き受けたんだよ」
サスケの言葉に、イタチは複雑そうな顔をする。
しばらく、沈黙。その後、言いにくそうにイタチはつぶやく。
「強いて言うなら、お前の成長を間近で見たかったから、かな。」
サスケはその言葉を皆まで聞けなかった。
目頭が熱くなる。くそ、みっともねぇ。ガバッと布団を被る。
サスケのそんな様子に、イタチはくすっと笑った。
「今日は疲れただろう。明日から、また鈴取りの修行を開始するぞ。よく、休んでおけ。」
イタチはすくっと、立ち上がると襖を開けた。
「そうだ、サスケ。お前に二つ、忠告しておく。一つは、万華鏡写輪眼をあまり使いすぎないこと。
二つめは、絶対に仲間には使うな。」
その言葉に、サスケは反感を覚える。
「アンタ、今日、俺とナルトに術をかけただろ。」
いくら、見境なくケンカをしてしまった自分たちが悪かったとはいえ、あれはやりすぎだ。
サスケの言葉にイタチは、声を出して笑った。
「ハハ、正確に言うとナルトにはかけていない。ナルトにかけたのはただの催眠だ。」
「な、何で俺だけ…。」
「お前がその瞳を手に入れたかどうか、知りたくてな。
その瞳が開眼していなかったら、お前は1週間、寝たきりだ。」
それだけのために…。サスケは心底、兄が憎くなった。
「後もう一つ、理由がある。」
「な、なんだよ。」
「すっきりしただろ。幻術の中とはいえ、ナルトと戦いあって。」
確かに、イタチの言う通りだった。ナルトへの怒りは大分、収まっている。
そもそも、八つ当たりに近い怒りだ。ナルトに非がある訳ではない。
だが、気に食わない。兄に自分の何から何まで、見透かされているような気がした。
襖の閉まる音がする。
サスケは兄の出て行った襖をしばらく見ていた。