その3

ったく、くだらねぇ…。

サスケは木の陰に座って、ナルトとサクラの様子を見ていた。
さっきから、二人がイタチに挑んでいるが、その攻撃の何もかもかわされまったく相手にされていない。
その様を、サスケはぼーっと呆けるように見ている。自分はいったい、何をしているんだと思う。
イタチが第七班の隊長になったと聞いた時は、かなり驚いた。
だが、結局、それは嘘でしかない。こんなまやかしの世界で会えたって何の意味もないじゃないか。
本当に、くだらねぇ。
「くく、高見の見物か?」
「アンタ!」
気が付くと、隣に仮面の男が立っていた。
全く、気配が無かった。声をかけられるまで気がつかなかった。
「早く、俺を元の世界に戻せ。」
「本当にいいのか?せっかく、イタチがお前の目の前にいるのに。」
「だから、なんだってんだよ。結局、まやかしだろ。嘘の世界で会えたって、何の意味もない。」
「嘘の世界だと思うからだ。これを現実だと思ってみろ。お前の望む世界だ。
兄弟二人で幸せに暮らせるぞ。」
トビの言葉にサスケは何も返せなかった。イタチと二人で暮らす。
確かに、それは俺の望む世界だ。けど…。
「この世界では、うちははクーデターをおこしていないようだな。
イタチも仲間殺しをしていないし、暁にも入っていない。
だが、お前の両親は戦死したことになっているし、うちはの末裔はお前たち二人だけのようだ。」
「ナルトの父親が生きていた。」
「波風ミナトは九尾の事件で死んだからな。九尾はナルトの中にはいない。
いや、九尾自体、存在しない世界だ。」
「お前は俺に、何を見せようとしているんだ?何をわからせようとしているんだ?」
サスケの質問に、トビはくくと笑った。
「さぁ。これはお前の望んだ世界だ。俺にはわからない。自分で考えろ。」
「んなの、考えられるかよ。大体…」
サスケがぶつぶつ文句を言おうとしたが、トビの「おっ」という言葉に
かき消される。
「イタチのやつ、結構、本気だな。目の色が変わった」
おもしろそうに、トビが笑う。
サスケは驚いて、イタチの様子を見る。目が真っ赤だ。

「サスケ、お前もこんなところで高見の見物してないで、戦いに参加しろ。
せっかくの機会だ。イタチと戦いたくないのか。」
サスケはその問いにわざと答えなかった。
「後で、覚えてろ。現実世界に戻ったら、てめーをぶっ殺す。」
サスケの言葉に、トビはフンと鼻で笑った。気が付くと、トビの姿は消えていた。
「やってみるか…」
誰ともなしにつぶやく。サスケが目をつぶる。
ふたたびその目を開いた時には、イタチと同じように朱に染まっていた。





「もう、ダメだってばよ。」

「強すぎる、なんなのあの人!」

「……」

サバイバル演習場の草の上。3人で寝ころんだ。
「全く、歯がたたねー。攻撃があたったと思ったら、すぐにすり抜けて消えちまう。」
「ほんと、どこからが幻術でどこまでが現実なのか、あの人を前にすると全くわからなくなるわ。」
サクラの言うとおりだ。
トビが消えた後、サスケも参戦し三人でイタチから鈴を奪おうと奮闘したのだが、結果は見ての通り…。
惨敗だった。
イタチと元の世界で闘り合った時、彼は病にかかっていた。おまけに、サスケを殺そうとしたわけではなかった。
本気のイタチの強さをしみじみと感じさせられた。
「サスケ、お前のその瞳で何とか、なんねーのかよ。」
ナルトの言葉に、サスケは苛立つ。
何とかなるんなら、はじめっから何とかしている。
くやしいが、全く、歯がたたなかった。サスケはイタチほど、幻術は得意ではない。



「無理なもんは無理なんだよ。」
「まったく、使えねーってばよ。」
サスケは、ナルトの言葉にカチンときた。
「このウスラトンカチ、お前こそ、諦めねぇど根性はどうしたんだよ。」
「オレはこういう頭を使う戦い方は大嫌いなんだってばよ!」
「威張って言うことかよ。修業したんだろ。修行の成果を見せてみろ、師匠にちゃんと習ったのかよ。」
完璧に売り言葉に書い言葉だ。
そもそも、元の世界とこの世界のナルトが同じ運命を辿っているのかさえ、不明だ。
だから、この世界のナルトが元の世界と同様にあの三忍の一人、自来也と共に修行をしたのかどうかさえ、サスケにはわからない。
もしかしたら、とんちんかんなことを言っているかもしれない。
だが、サスケ自身、こんな世界に突然、飛ばされ、あろうことかあのイタチと再会し
あまつさえいきなり戦えと言われたのだ。あまりの展開の早さに、ついていけない。
その鬱憤が全て、ナルトに向かってしまった。完璧に八つ当たりだ。
「てめぇ、もういっぺん言ってみろ!」
ナルトはそう怒鳴りちらし、サスケの胸倉を掴んだ。
「父ちゃんの悪口は許さねぇ。」
「父ちゃん…?」
「俺の修行を見てくれたんだ。ずっと、つきっきりで!」
どうやら、修業は自来也ではなくミナトと行ったらしい。
先ほどからナルトの戦い方を見ていると、螺旋丸がかなり進化して、威力の増した大技になっていた。
大蛇丸から以前に聞いた話では、波風ミナトは凄腕の風遁使いだったらしい。
この世界のナルトの技は、父親から伝授されたものだろうか。
ふん。父親との修業、か…。
サスケの脳裏に、父、フガクの顔が浮かぶ。
サスケも父から火遁の忍術を教えてもらったが、忍としての心得や基本的な忍術を教えてくれたのはイタチだった。
だが、それもほんのわずかな間だけ。
真実を知った今ならわかるが、あの時のイタチはそれどころではなかったのだ。
どう考えても10代の青年が背負うには、過酷すぎる運命をたった一人で背負い、常に気を張りながら暮らしていた。
この世界の平和ボケしているナルトが、心底、憎たらしい。
サスケは、ナルトの腹部に力を込めてグーで殴った。
ナルトは数メートル先に吹き飛び、木の幹に体を嫌というほど、ぶつけていた。
「何すんだよ、このやろォォ!」
ナルトが腹部を押さえながら、立ち上がる。お返しだと、サスケへの攻撃の構えをとった瞬間だった。
ドガンという衝撃音が鳴り響く。
あまりの衝撃音に驚いて、音のする方を見る。すると、一本の太い木の幹に蜘蛛の巣状のひびが入っていた。
しばらくして木がその衝撃に耐えきれずに、倒れる。
その側に、サクラの姿があった。どうやら、サクラの仕業らしい。
「いい加減にしろ!今、なんの時間だと思ってんだ!」
サクラがもの凄い剣幕でナルトを睨みつける。
「サ、サクラちゃん、何でいつもオレだけ…」
ナルトが情けない声を出す。
「サスケくんもよ。ナルトと今、喧嘩したって仕方ないじゃない。
今、私たちがすべきことをしようよ。」
心なしか、サクラの声は震えている。

「その通りだな。」
その声が聞こえた途端に、ピンと空気が張り詰める。
気が付くと、ナルトのすぐ後ろにイタチが立っていた。
「うわぁっ」
ナルトが驚き、後ずさる。
俺はみっともない所を見られたのがくやしくて、イタチから目をそらした。
「なぜ、ケンカになったんだ?」
イタチの問いに、ナルトもサスケも何も答えない。見るにみかねて、サクラがおずおずと説明しだす。
サクラの話をすべて聞き終えたイタチは、大きくため息をはいた。
「もしもこれが、戦闘中ならみんな死んでいるな。
なぜ4人1組の小隊を作るのか、もう一度その意味を考え直せ。」
「っるせーな。」
サスケは思わず、叫んでいた。
「俺は、別にコイツらと同じ小隊を組みたい訳じゃない。
こんな奴らと仲良しごっこなんて、まっぴらゴメンだ。俺は、俺は…もう一人でいいんだ。」
その途端、サスケの右頬に衝撃が走る。ナルトのぐーがもろにサスケの頬に入った。
「なんでお前はそうなんだよ!俺たち、小隊を組んでから結構、たつだろうが。
今までだって、何度もピンチに合いながら、助け合ってきたじゃねーかよ。そりゃ、ケンカもよくするけどさ。
それでも、お互い信頼していると思ってたのに…」
「はっ、何が信頼だ。くだらねぇ。俺はそんなの知らないね。」
「このやろぉお・・・」
ナルトがサスケにとびかかってきた瞬間に、イタチの瞳が赤く光った。
突然、霧がかかったように周囲の景色が何も見えなくなる。
これはイタチのかけた幻術の世界だ。どうやら本気でイタチを怒らせてしまったらしい。
「そんなにケンカがしたければ、一生、そこでしていろ。」

どこかでイタチの声が聞こえた気がした。