その1
「サスケったら、そんな玄関で待たなくたって」
クスクスと母親が笑っている。
「だって、母さん。兄さんがもうすぐ、帰ってくるから…。」
「兄さんはアカデミーの宿題があるんだからね。邪魔しないのよ?」
サスケは母親の言葉を上の空で聞きながら、イタチを待っていた。
朝、別れたばかりだと言うのにサスケはもう、イタチに会えるのが待ち遠しくて仕方なかった。
「ただいま」
ガラッと玄関の戸が開く。
「兄さん!」
サスケは思わず、兄さんに抱きつく。
「うわっ、サスケ!」
勢い余って、イタチはサスケごと玄関の外に倒れこむ。
「本当に、サスケはイタチが大好きなのね。」



あれから、数年後―
サスケは玄関の前にたたずんでいた。
「くすっ、さっきから玄関で誰かを待っているの?」
母親にからかわれる。
「そんなんじゃねーよ。」
サスケはプイッとそっぽを向く。
母親はくすくす笑いながら、洗濯もののカゴをもって玄関の外へ出ていった。
サスケは玄関の石段に腰掛ける。
イタチがこの家を出て行ってから、2年がたとうとしている。
その間、イタチは一度も帰って来ない。
うちはの居住地から離れた所で一人暮しをしているらしい。
らしい、というのはサスケ自身も聞いた話だからだ。
イタチの姿をもう、かれこれ2年見ていない。
サスケは中忍、イタチは暗部に勤めているからだろう。
勤務場所が違いすぎて、全く会わない。
今、イタチがどこで何をしているのか…サスケは知らない。



「サスケ、ご飯できたわよ。」
母親の言葉に、サスケは台所へと向かう。父親が珍しく、席に座りご飯を食べていた。
今日は任務が無いのか、とサスケは思った。
「珍しいでしょ、今日は久々に親子3人そろってのご飯ね。」
母親が嬉しそうにそう言いながら、サスケの分の茶碗と味噌汁を運んでくる。
「ああ、そうだ。飲み物、飲み物。」
母親が席を立つと、しーんという沈黙が続く。なんだか気詰まりだ。
サスケは父親の事が、なんとなく苦手だった。
その苦手は好き嫌いの苦手ではなく、厳格な父親だったのでなんとなく遠巻きにしているという感じだ。
「サスケ」
突然、話しかけられてサスケはどぎまぎする。
「は、はい」
「お前も、もう今年で16歳になるな。」父の目がサスケを見つめた。
「はい。」
「どうだ、来年、警務部隊に入らないか?」
思いもよらぬ誘いに、サスケは驚く。
「お父さん、まだサスケには早いんじゃない?」
母親が、話に入ってくる。
「何を言っている。イタチは13歳で警務部隊に入っていた。遅くないだろう。」
久しぶりに父の口から、兄の名前を聞いた気がする。
「でも、イタチはすぐにやめてしまったじゃない。」
「ミコト!」
「あ」
母親は慌てて口をつぐんだ。父親も母親も気まずそうに黙っている。
だが、サスケはイタチが警務部隊を抜けたことを知っていた。
前に父親と母親が立ち話をしているのを聞いてしまったからだった。
父はそのことで、イタチに対してかなり怒っていた。
「とにかく、サスケ、16歳になるまでに考えておけ。」
父は少し厳しめな口調でサスケにそう命令する。
サスケは戸惑いながら、「はい。」と返事をするしかなかった。




夕飯を終え、自分の部屋に戻る途中、サスケは兄の部屋をのぞいてみた。
机以外、何もない。兄が以前、いた形跡は跡形もなく無くなっている。
サスケは部屋の真ん中にゴロンと横になった。
この部屋でよく、兄と一緒に眠った。夢見が悪いとサスケはよく、兄の布団にもぐりこんだのだ。
イタチは、「一人で眠れるようにならないとな」と苦笑いしていたが
いつもなんだかんだで、布団に入れてくれた。
さすがに、サスケがアカデミーを卒業した後はそういうことも無くなったが…。

サスケはイタチがいつ、出て行ったのか知らない。
自分がいない時に、突然、出て行ってしまったのだ。
サスケはそれから2週間、何も口にできなくなってしまった。
兄がいないことが、あまりにもショックで、食べても吐いてしまうのだ。
そんなサスケの様子をみかねた母親が
「ごめんね、あなたに家を出ることを知らせると大変だからってイタチに口止めされてたの。
イタチは元気よ。」こっそり教えてくれた。
それから、母親とイタチは何回か連絡を取り合っていたらしい。
気が向いた時、母親はサスケにイタチの様子を教えてくれた。
だが、最近は、めっきり連絡が取れなくなってしまったようだ。
「きっと、任務で忙しいんでしょう。暗部は極秘なことも多いし。」
そんなふうに、少し、寂しそうな顔をしていた。

サスケは、イタチが家を出て行った理由をよく知らない。
イタチの口から直接聞いた訳ではないから、推測でしか分からない。
聡明な兄のことだから、なにかのっぴきならない事情があったのかもしれない。
だが、サスケはどうしてもイタチを許すことができなかった。
なぜ、自分に何も言わずに出て行ってしまったのか。
もしかしたら、自分のことを、疎ましく思っていたのだろうか。
それなら、そうと言ってほしかった。

持ち主のいない部屋は、どこか他人行儀で寂しい。
サスケは、物思いにふけりたいときや落ち込んだ時にイタチの部屋にきて、兄の面影をいつも、探してしまう。

ふと、父親の言っていたことを思い出す。
警務部隊か…。どうしたらいいんだろう。
もしも、イタチがこの家にいて、警務部隊に入っていればサスケも悩まされなくてすんだだろう。
かねてから、父親と兄の役にたちたいと願っていたのだ。二つ返事で、快く引き受けたと思う。
だが、イタチのいない警務部隊に魅力を感じなかった。
それどころか、どうでもいいとさえ思ってしまう自分がいる。

「兄さん、どうしたらいいんだろう…。」

ここにいもしない兄に向って、そう呼びかけても無駄なのに、サスケはそうしてしまう。
会いに行ってみようか。サスケは、ふとそんなことを思った。

「サスケ、まだ寝ないの?明日、任務で早いんでしょう。」

母親の声が階下から聞こえてくる。
サスケは仕方なく、イタチの部屋を後にした。