その3
紙に書かれてある居住地に、サスケは足を踏み入れる。
ダンゾウの家から大分、近い場所にあった。
2階へと続く、階段を登る。角部屋がイタチの部屋だった。
なんとも質素なつくりのアパートだ。こんな所に住んでいるなんて、意外だった。

サスケは、部屋の戸をノックする。応答は無い。

もう一度、ノックする。応答無し。
サスケは諦めて、部屋の前の柵にもたれかかる。

暗部の部隊長か。それも13歳の時に…。
サスケは何も知らなかった。そのころ、自分はまだアカデミーにも通っていない。
無邪気にイタチに修行をせがんでいたあの頃のことだ。
サスケは自分が、イタチのことを何も知らないという事実に打ちのめされる。
わかっているようで、何もわかっていなかったのだ。
イタチはサスケに何も教えてくれなかった。教える価値も無いと思われていたのだろうか。

サスケは深いため息をはく。

ガタン、と部屋の中で物音がする。イタチ、だろうか。
サスケはもう一度、部屋の戸をノックした。

「はい。」

今度は応答があった。

「兄さん、俺だ。サスケだ。」

部屋の戸ごしに、そう話しかける。

「サスケか?」

ガチャリと戸が開いた。久しぶりに対面する兄の姿に、サスケは心臓が高鳴る。

「とりあえず、入れ。」

イタチは、周囲を窺いながら、戸を大きく開けてサスケを中に招き入れた。








外観も質素だが、部屋の中もそれに負けず劣らず殺風景だった。
机と布団以外、何もない。台所はついているようだが、長い事使っていないようだった。

「本当に驚いた。どうして、ここが?」

イタチは湯飲みを持ってくると、サスケの前に差し出す。
サスケはそれを一気に飲み干すと、イタチの方を見つめた。

イタチは髪をほどいていた。額あてもつけていない。
中央にひいてある布団も皺くちゃだ。もしかしたら、兄は今の今まで寝ていたのかもしれない。
よく見ると床の上には巻物が出しっぱなしだった。完璧である兄も、一人の時は気を抜いているらしい。
サスケは兄の素を垣間見た気がして、少し嬉しくなった。

「ダンゾウに聞いた。」

サスケは正直に話すと、イタチはサスケを睨みつけた。

「ダンゾウに?何か言われなかったか?」

突然、厳しい口調になる。イタチの変わりようにサスケは戸惑いながら
「別に、何も」と慌てて言う。

「それで、俺に何の用だ?」

改めて聞かれ、サスケは迷う。相談したいことがあった。
木の葉の警務部隊のことだ。だが、それは大義名分で…。
本当はイタチに会いたかったのだ。会って、昔みたいに話がしたかった。
ただ、それだけだった。

だが、なんとなく雰囲気がそれを許さないような気がした。
そんなくだらない用事で俺を訪ねたのか、ダンゾウにまで聞いて。
そんなふうに言われそうな気がしてサスケは、何も答えられなくなる。

「兄さんに、相談したいことがあって…。」

絞り出すような声で、サスケはおずおずと言う。

「俺に相談?何だ?」

イタチの声色が少し、緩んだように優しくなる。
サスケはホッとして、昨日の父とのやりとりをイタチに話した。
最後まで、サスケの話を聞いていたイタチはフッと口元に笑みをうかべる。

「お前ももう16か。早いな。どうりで背がのびたはずだ。髪ものびたな。」

「兄さんこそ、髪、前はそんなに長くなかっただろ。」

「何も手入れしてないからな。のびっぱなしだ。」

イタチは自嘲気味に笑う。それでも兄の髪は綺麗だと思う。母によく似ている。

「警務部隊か、いいんじゃないか。お前が入りたいと思うなら、父さんも喜ぶだろう。」

「でも、兄さんはすぐにやめたんだろ?」

「俺の場合は特別だ。お前には関係ない。
警務部隊は木の葉の里の治安維持が目的だ。何より、隊長は父さんだ。
父さんの役にたちたいと常日頃から思っていたお前にとって、何よりやりがいのある
仕事になるだろうよ。」

サスケは何となく、腑に落ちない。
父さんの役にたちたいと思っていたのは、サスケだけじゃないはずだ。
イタチだって、そんなふうに思っていた時期があるはずだ。
それなのに、なぜ、警務部隊を抜けて暗部に入り、家まで出たのだ。

イタチはいつも、肝心なことは何も教えてくれない。
サスケもいつも、小細工など無しに単刀直入に聞いてしまうからいけないとも思うのだが聡明な兄に口で勝てたためしがない。
だが、今の自分なら、イタチと対等に話せるかもしれない。

「アンタはそうやって、俺が何にも知らないと思って、厄介者扱いする。
アンタが、なんで家を出て行ったか、俺なりに考えたんだ。父さんはアンタをいつも1番に思ってた。頼りにしてた。
それが、ずっと重荷だったんだろ?うちはから離れたかった。
だから、こんな所で1人で暮らしながら、ダンゾウなんかの元で働いてるんだろ。」

サスケなりに、分析して出した答えを兄にぶつける。

「当たらずとも、遠からずだな。」

イタチは無表情だ。肯定も否定もしない。これ以上、聞いても無駄だ。
絶対にイタチは本心を語らないだろう。
今までの経験からサスケは何と無くそう、思った。

「兄さん、家に戻って来ないの?」

甘えるように聞いてしまう。

「まだ、やりたいことがある。それに暗部の仕事はここにいる方が何かと都合がいい。」

「母さん、寂しがってる。」

イタチの部屋に寝ていた母親を思い浮かべる。掃除を、なんて言っていたけどそれは言い訳のように感じる。
サスケと同じく、イタチの面影うを母親も探しているのだ。

「俺があの家に戻ることを、母上が許しても父上は許さないだろう。」

イタチは寂しそうに笑った。

「そんなことない。父さんと話し合えばいい。話せばきっと…。」

「分かり合えるとでも?」

サスケは、言葉に詰まる。

「お前は幼いな。世の中にはどうにもならないこともある。
何かを得るためには、それ相応の犠牲が必要なのさ。」

サスケには、イタチの言っていることは、よく、わからない。だが、幼いと言われ、ムッとする。

これでも、中忍として任務に明け暮れている。もうすぐ、上忍にと綱手からも言われている。
同期の中でも、抜きん出ていると評価されることも多い。
だが、どうにも兄の前にたつと自分が兄に修行をせがんでいたあの頃の自分から何も成長していないように感じる。
それがもどかしくもあり、サスケは悔しかった。

その時、イタチの部屋の戸をノックする音が聞こえる。

イタチは立ち上がり、戸を開ける。
「ダンゾウがお呼びだ。すぐ迎え。」
誰が来たのか、サスケの位置からは見えない。
そっと、体をずらして来客者の姿を確認する。見たこともない男だ。
年はイタチと同じくらいだろう。左の頬に大きな傷がある。
「わかった。」
「誰か、来ているのか?」
「いや、何でもない。先に行っててくれ。後から向かう。」
戸が閉まる音がする。
「聞いていた通りだ。これから、任務に行かなくては。
サスケ、今日はもう帰れ。話ならまた今度、聞いてやる。」
その今度が、なかなか来ないことをサスケは経験から知っている。
「それから、ここへは二度と来るんじゃない。分かったな。」
有無を言わさず、イタチはそう告げる。









家に戻り、サスケは自分の部屋の布団に寝転がりながら
イタチの言っていたことを考える。
(何かを得るためには、それ相応の犠牲が必要なのさ。)
犠牲、か。ばかばかしい。じゃあ、アンタは何を得たんだ。
父と仲違いし、一族を抜け、たった一人になることで何を得たというのだ。
「それで、アンタは幸せなのかよ。」
サスケは誰とも無しに、そうつぶやいた。









次の日、サスケは久々にナルトとサイと任務を共にした。
砂の国まで、商人の護衛という簡単な任務だったので、比較的、すぐに任務は終了した。
このまま、すぐ里に戻ってもいいのだが、せっかくだからと砂と木の葉の里の間にある村を訪れた。
ここのラーメンが絶品らしい、食っていきたいというナルトの意見に押されたのだ。

「しかし、我愛羅のやつ、立派な風影になってやがった。」
ナルトがくやしそうに、そんなことを言う。
砂の国に行ったついでに、今は風影である我愛羅に会って来たのだ。
中忍試験の時にいろいろあり、ナルトと我愛羅の間に友情が生まれていた。
ナルトは人の心を動かすと言う、不思議な力を持つ奴だ。
いろいろとバカでアホのウスラトンカチだが、サスケはナルトのそういう所だけは認めている。
「それにしても、サイのやつ、おせーな。」
3人でラーメンを食べ終わった後、サイはトイレに行くと言い席を外していたのだ。
ナルトはサイのリュックを持たされていた。
「暗部のくせに、トイレ長いなんて、大丈夫なのかよ。」
ナルトの言葉にサスケはサイが暗部だったことを思い出す。
そうか、サスケはピンときた。
「おい、ナルト、そのリュックを見せてみろ。」
「え、っておい。サスケ、いいのかよ。んな人のもんを勝手に…。」
サスケはサイのリュックの中を探る。自分の勘が正しければ、あるはずだ。
あった。サスケはリュックの中から、半紙の束を取り出す。
「それって、サイがいつも何か書いてる奴だ。どれどれ。」
初めはサスケの行動を咎めていたナルトだったが、興味が湧いたらしい。
一緒に覗き込んでくる。
「これ、俺だ。」
ナルトの指し示すページには、ナルトの絵が書かれており、そこに特徴などが書かれてある。
サイはかなり几帳面な性格で、自分が出会った人を絵つきで記録している。
これが、かなり正確で任務の時に度々、役立つことがあり、サスケはそのことを覚えていたのだ。

少しでも、イタチのことで何かわからないかと思ったのだ。
サスケは暗部のイタチのことを何も知らない。
サイの方が任務を共にすることが多かったのではないか。
だが、直接サイに聞いてもおそらく、極秘だと言って教えてくれないだろう。
サスケはパラパラと半紙をめくっていき、イタチのページを開く。
だが、そこには絵と名前以外、何も書かれていなかった。
情報無し、か。サスケはがっかりする。
考えてみれば、あの完璧な男がそう簡単に隙を見せる訳はないか。
「ん、この男、誰だってばよ。」
ナルトの声にサスケは顔をあげて、羊皮紙を見る。
誰だろう、すぐに思いつかないがなんとなく見覚えのある顔だ。
「ふーん、こいつの好きなものは女って書いてあるぜ。それも金髪のグラマラスな姉ちゃんだってさ。スケベな奴。」
ぎゃははは、とナルトが耳障りな笑い声をあげる。
サスケは無言で、ページを閉じるとリュックに戻した。
「サイの奴、どうやってこの情報を仕入れてんだろ。俺の好きなものがラーメンって何でわかるんだ?」
ナルトは首をかしげる。お前、でっかい声でいつも公言してんだろ。そう、つっこみたかったが面倒くさいので放っておいた。
やがてすぐに、サイが戻って来たので3人で里へと戻る。
寄り道をしたせいで、里につくころには日がすっかり落ちていた。
サイと別れて、サスケはナルトと一緒に里の中心部である歓楽街を歩いていた。
夜になると歓楽街はいよいよこれから開店するお店が多い。それなりにざわざわと賑わっている。
サスケもナルトもまだ、未成年なので居酒屋への出入りは禁止されている身分だ。ここを通って帰る方が近道になるので、歩いているだけだった。

「あーあ、大人ってうらやましいってばよ。酒が飲めるんだもんな。」

ナルトが能天気な声を出す。
コイツ、悩みが無くてうらやましいとサスケはいつも思う。
その時、サスケは一人の男とすれ違った。左頬に傷のある男だった。ぴんとくるものがあって、振り返る。
あの男、見覚えがあるな。サスケは記憶を思い起こす。
「そうか、あの男、さっきのページに載ってた奴だ。」
サスケの言葉に、ナルトもその男を目で追う。男はのれんをくぐり、居酒屋へと入って行った。
「サイの絵には左頬に傷なんて、無かったってばよ。」
「おそらく、絵を書いた後についたんだろう。」
間違いない。サイの記録に書かれてある男。そして、あの左頬の傷。
昨日イタチの部屋に来ていた男だ。おそらく、あの男も暗部だろう。
聞き出せば何か情報が、得られるかもしれない。だが、暗部がそう簡単に口をわるだろうか。
「ふーん、アイツが金髪姉ちゃんが好きなスケベヤローか。」
ナルトはそういって笑った。
ナルトの言葉にサスケはいい案を思いつく。それだ。