その4

「サ、サスケ。確かに俺は酒が飲めて、大人がうらやましいと言ったけど…。
言ったけど、これ、バレたら大変なんじゃないか?」
「フン、びびってんのかよ。」
「そーじゃねーけど、つーか、何で俺、こんな恰好しなきゃいけねーんだってばよ。」
サスケとナルトは、あの男が入って行った居酒屋に来ていた。
もちろん、そのままでは入れてもらえない。変化の術で、サスケは大人に化けていた。
そして、ナルトを「おいろけの術」とやらで大人の女に化けさせた。
だが、化けさせるのも一苦労だった。
ナルトはどうしても裸の女性にしか、化けることができないのだ。
服を着た状態に化けることが、難しいようだった。
試行錯誤の末、サクラの着ている服を思い出させ、何とかなったが…。
もちろん、こんな手間ひまをかけてナルトを変化させたのは
あの男からすべてを聞き出すためだった。
「いいか、お前はこれから”サクラ”と名乗れ。俺のことは”サイ”と呼べ。
それから、絶対に声を出すな。」
変化の述とはいえ、声はナルトのままなのだ。あまりにも不気味すぎて、一発でばれる恐れがある。
「ったく、何で俺がこんなこと…。」
ブツブツ、とうるさいナルトを残してサスケは目的の人物を探す。
男は奥の席で一人で酒を飲んでいるようだった。
サスケはフゥと息をはくと、男に声をかけた。
「よぉ、一人か。」
男は驚いたように、サスケの顔を見る。
「誰だ、お前は?」
「俺はサイってんだ。アンタも木の葉の忍だろ。こんなところで一人で飲んでて寂しくないのかよ。」
サスケの言葉に、男はフッと笑った。
「いい女でも紹介してくれよーってのか。」
「ああ。あれが、俺の連れだ。」
サスケは顎でナルトの方を指す。男がごくりとつばを飲むのがわかった。
「アイツがお前のことを気に入ったらしい。一緒にどうだ?」








ナルトはその男を連れてきたサスケの真意がわからないようで、かなり戸惑っていた。
男に聞こえないように小声で「後で説明するから、話を合わせてくれ」と頼むと、しぶしぶ了承してくれた。
「俺の名はダイだ。サクラにサイ、だな。まぁ、よろしく。」
男はナルトの顔を見ながら、にやついている。
ナルトは顔をひきつらせている。
「わ、私、トイレ。」
飲み始めてから、すぐにナルトはいたたまれなくなったのかトイレに向かった。
「いい女だな。」
ナルトが席をたった後、ダイがサスケに向かってつぶやく。
「お前の女か?」
「違う。」サスケは全力で否定する。
「お前、俺に何か聞きたいことでもあるんだろ?違うか。」
ダイの言葉にサスケは焦る。まさか、正体がバレたか。
「どうして、わかった?」
おそるおそる尋ねる。
「男が女を連れてんのに他人を誘う時は、女をみせびらかしたい時か
もしくは、女を使って何か情報を聞き出したい時だけだ。」
「で、俺は後者だと?」
「ああ、どこに自分の女を他の男に紹介する奴がいるか。」
どうやら、正体がバレている訳では無さそうだった。
だが、情報を聞き出したいということはバレてしまったようだ。
「暗部のうちはイタチについて教えてほしい。」
サスケは単刀直入に聞いた。そこまでバレていれば、小細工しても無駄だ。
「俺が暗部でイタチと同じ部隊にいることも、調べてあるんだな。」
男の言葉にサスケは頷いた。
「もちろん、暗部の情報が極秘だってことは知っている。
だけどそれなりの見返りは…」「いいぜ。」
サスケの言葉をさえぎり、男はあっけなく承諾するのでサスケは肩透かしを食らってしまう。
もう少し、情報を聞き出すのに手間がかかるかと思ったのだが…。
「ただし、条件がある。あの女を一晩、貸してもらおうか。」
男はにやりとすけべそうな笑みを浮かべる。あまりの気持ち悪さにサスケは背筋が寒くなる。
あれの正体がナルトだと知ったら、コイツどんな顔をするだろうか。
「ああ、好きにしていい。」
さっさと情報を聞き出して、逃げればいいだけの話だ。
素顔と本名は晒していないから、絶対に見つからないだろう。
「イタチの情報を知ってどうする?」
「倒す。イタチには恨みがあってな。」
サスケの言葉にダイは声高らかに大笑いをする。
「こりゃ、威勢がいいな。だが、やめとけ。あの男は強い。返り討ちにあうのが関の山だ。」
「そんなことは知っている。だが、どうしても許せないんだ。」
「そうか。まぁ、俺もあの男が死んでくれた方が都合がいいからな。
イタチがいなければ、俺が分隊長になるはずだったんだ。」
ダイはくやしそうに顔をゆがめる。
酒の力か、女の力か、知らないがこんなに口がゆるくて、コイツ大丈夫なのか。
他人事ながら、サスケは心配になってくる。ダンゾウに対しての忠誠心も薄いようだ。
情報を聞き出すターゲットとしては申し分ない。

「イタチの弱点を教えてやるよ。」
ダイはにやりと笑いながら、続ける。
「イタチは女がいる。その女のために暗部に入ったらしい。」
「どういうことだ?」
「ダンゾウが、それぞれ里の一族から優秀な忍を集めていることは知っているな。
それで、うちはにも目をつけて一族の族長であるフガクに、話をしにいったそうだ。
その女を暗部に寄越せとな。だが、イタチはそれを許さなかった。ダンゾウに話をし
自分が身代わりになると、申し出たらしい。」
そんな、話があったとは知らなかった。だが、これでイタチの不可思議な行動の理由が説明できる。
一族を抜けたのは、恋人のため。身代わりとして自分の身をダンゾウに差し出した。
そのことを父親は許さなかった。そういうことか…。
「俺はアイツのそういうところと、すかした態度が気に入らねェ。
ちょっとばかし、顔がいいからって…」
ブツブツとダイはイタチへの罵詈雑言をもらす。

「キャアアアアア」
突然、女子トイレの方から悲鳴があがった。
「なんだ?」
その悲鳴に店中がざわざわと騒ぎ出す。そういえば、ナルトの戻りが遅い。サスケは嫌な予感がする。
案の定、女子トイレからは全裸のナルトが飛び出してくる。変化の術が解けたのだ。

「あの、バカ…。」

サスケはナルトの手をひっつかむと、大急ぎで店を飛び出した。
店を出て数メートル離れた所にある公園で、とりあえず休憩した。
ナルトも慌てて、そこで服を着る。

「待て!」

不意に声をかけられる。振り返るとダイだった。追いつかれたか。
「小僧ども、どういうつもりだ?この俺をだましたのか。」
ちぃ、仕方ない。サスケは写輪眼を発動させてダイを見つめた。
「お、お前、その瞳…。」
ダイはサスケの瞳を見て驚いたようだ。サスケは瞳にチャクラを集中させる。
しばらくして、ダイの目はだんだんと虚ろになっていく。
「俺は、今日の夜は誰にも会っていない。1人で飲んでいただけだ。」
サスケの言葉に、ダイも続けて復唱する。
やがて、フラフラとした足取りで店の方へ戻って行った。



「なぁ、サスケ。幻術かけられるんなら、こんな手の込んだ芝居しなくても良かったんじゃ…。」
ダイの後ろ姿を見送りながら、ナルトがそうつぶやいた。
「幻術が成功したのは相手が酔ってたからだ。暗部の上忍レベルの忍にかけられるほど、俺の幻術は強力ではない。」
「で、情報は得られたのか?」
ナルトにしては、察しがいいとサスケは感心する。
詳しく説明していないが、サスケがあの男から何らかの情報を聞き出そうとしていたことに気がついたようだ。

「まあな、振り回してすまなかった。礼を言う。」
サスケの言葉にナルトは
「本当だってばよ。今度、ラーメン奢れよ。じゃあな。」

それだけ言い残すと早々に家へと帰って行った。サスケは1人、公園でたたずんでいた。
1人になると、夜の静けさがより一層感じられる。空を見上げると月が出ていなかった。
「聞かない方が、良かったのかもしれない。」
誰ともなしに、つぶやいた。





サスケは夢を見ていた。
黒い影を必死で追いかけている。
あとちょっとで手が届きそうだ。
「サスケ」
誰かが、自分を呼ぶ声がする。
黒い影は、サスケの目の前で大きく膨れ上がる。やがて、影は見覚えのある人物に変わる。
「兄さん」
黒い影の正体はイタチだった。
「もう、諦めろ。どんなに手をのばしても俺には届かない。」
「待てよ!」
イタチはどんどん、サスケから遠ざかっていく。金縛りにあったかのように、サスケはその場から動けなくなる。
「俺には、お前以外に大事な人ができた。もう、お前に構ってやれない。さよならだ、サスケ。」
「そんな、待てよ!オレの話を聞いてくれ、兄さん!兄さ…っ」
声まで出なくなる。
イタチは、影も形もなく、サスケの目の前から消えてしまった。
「兄さんっ!」

その瞬間、サスケは目を覚ました。額から汗が頬をつたってたれてくる。
何と無く、体がだるい。喉も痛い。
サスケは布団から起きあがると、台所に行き、湯のみに水をくむと一気に飲み干した。
水が体に浸透していくのがわかる。少しだけ、気分が良くなる。
また、嫌な夢を見てしまった。ダイからイタチの話を聞いてから、毎晩、同じ夢を見る。
どんなに叫んでも、イタチには届かない。サスケから、どんどん、遠ざかっていく。そんな夢ばかり見てしまう。
イタチに、自分よりも大切な人がいる。その事実が、なぜこんなにも自分の胸を締め付けるのか、わからない。
兄を取られたくないという、子供っぽい独占欲なのだろうか。自分はもう、そんなに子供でも無いはずなのに。

その時、玄関で人の声が聞こえた気がした。父も母も今日は、会合で朝から出かけると言っていた。
もう、帰ってきたのだろうか。サスケは玄関の方へ、向かった。
そこに現れたのは意外な男だった。
「約束を果たしてもらいに来た。」
男は、淡々とそう告げる。現れたのは、ダンゾウだった。









サスケはダンゾウに連れられて、うちはの敷地内にある森の中に入った。
ここならだれにも邪魔されずに、話すことができる、とダンゾウは言った。
今日は付き人は連れていないようだった。念のため、辺りを探ると人の気配がしない。
どうやら、その言葉は信じていいようだ。
だが、サスケはまだ警戒をとけないでいた。
そもそも、何用でわざわざ、サスケの家を訪ねてきたのだろうか。ダンゾウの真意がわからない。
「俺に何の用だ?」
内心、動揺していたがダンゾウに気取られないように、つとめて落ち着いた声でサスケは尋ねた。
「サスケ、暗部に入らないか?」
ダンゾウの言葉にサスケは驚いた。
「そんなこと、父上が許すはずがない。」
「フガクは関係ない。お前がどうしたいか、聞いている。」
「俺は、暗部に入るつもりは無い。」
サスケはキッパリと断る。
てっきり、怒り出すかと思ったがダンゾウは意外にも笑った。
「お前が暗部に入ることが、お前の兄のためになると聞いても断るのか?」
「…どういうことだ?」
「お前はイタチが何故、暗部に入ったのか知らされていないようだな。」
「知っている。イタチには恋人がいて、その恋人のために…。」
ダンゾウは首を振った。
「どこで情報を仕入れたか知らないが、それは嘘だ。」
サスケは言葉に詰まる。嘘、だと…ダイの言っていたことは嘘、なのか。
「イタチは強くて優秀な忍だが、本来、平和を愛する心優しい男だ。暗部の任務には向いていない。」
「アンタが命じて、やらせていることだろ。」
「里の平和を維持するために、仕方なくだ。イタチもそれはわかってくれている。
わかっていて、俺の命に従ってくれている。それもこれも、サスケ、お前のためだ。」
訳がわからない。なぜだ?なぜ、俺のために…。
「まぁ、イタチがお前に話さなかったのなら、聞かない方がいいだろう。
だが、サスケよ。暗部に入り、イタチを助けてやりたいと思わないのか。外からでは、イタチの手助けはできんぞ。」
「…」
ダンゾウの言っていることは一理ある。現にこの2年間、イタチについての情報は全くサスケの耳に入ってこなかった。
おそらく、父や母も同様に何も知らされていないのだろう。
兄の手助けができる。それは、サスケにとって何よりも魅力的な誘惑だ。
「少し、時間をやる。覚悟ができたら、俺の家に来い。」

「おやめください」

突然、声が聞こえたと思ったら、シスイがサスケの目の前に現れる。
このスピード、うちは一族の中でもシスイにしか使えない瞬身の術だ。
シスイはダンゾウから庇うようにサスケの前にたちはだかる。
「サスケに何の用が?」
「フン、さすが瞬身のシスイと呼ばれるだけあるな。この俺の気配に感づいたか。」
「サスケと何を話していたんです。」
言葉尻は丁寧だが、ダンゾウを睨みつけているその瞳は赤い。
「お前には関係ない。」
「お引き取りを。イタチとの約束を破るおつもりですか。」
シスイの言葉に、ダンゾウは少しだけ怯んだように見える。
「サスケ、いずれまた。」
次の瞬間に、ダンゾウの姿は消えていた。

シスイは厳しい顔のまま、サスケに向き合う。
「サスケ、お前、ダンゾウと何を話した?」
厳しい声だ。普段は温厚で優しいシスイの変わりようにサスケは戸惑う。
「暗部に入らないか、と言われた。」
ちっ、とシスイは舌打ちする。
「ダンゾウめ。だが、サスケもサスケだ。ダンゾウと二人で話をするなど、バカにも程がある。
イタチの想いを無駄にするつもりか。」
サスケには訳がわからない。さっきから、イタチとの約束だのなんだのとシスイは並べているが
何のことなのか、さっぱりわからない。ダンゾウも口にしていた「イタチが暗部に入ったのはサスケのためだ。」
という言葉もひっかかる。どういうことなんだ?みんなして自分に何を隠しているんだろうか。
「どういうことなのか教えてくれよ。イタチの想いって、なんなんだよ。」
ふうとシスイはため息を吐いた。
「お前、イタチがなぜ、ダンゾウの元で暗部として任務を受けているか、知っているか?」
「恋人のためだと言う者がいた。でも、それは嘘なんだろ?」
シスイは頷く。
「イタチには確かに恋人がいた。いずれは夫婦になろうと将来を誓った恋人だった。
だが、イタチはその恋人すら捨てて、暗部に入った。
ダンゾウは、当時、里のそれぞれの一族から優秀な手練れの忍を集めていた。うちは一族とて例外ではない。
うちはの瞳力をダンゾウが欲しがらない訳がない。
そしてダンゾウが初めに欲しいとフガクに申し出たのは、サスケ、お前だったんだよ。」
「俺を、欲しがっていた?なぜだ、オレよりイタチの方が優秀じゃないか。」
「当時、お前は幼かった。まだ善悪の分別が付かない程にな。
その時から自分の手元におき仕込めば、いい操り人形を作ることができる。
それも、自分に忠実で、すぐには壊れない優秀な操り人形を。ダンゾウはどこまでも狡猾な男だがそれ故に頭もきれる。
いずれ、イタチが自分を超え、裏切るかもしれないと考えたんだろう。」
「そんな…それで俺の変わりに…?」
「ああ、イタチは自分が一族を抜け、その身すべてをダンゾウに捧げることと引き換えにサスケには今後一切
手を出さないことを約束させた。」
「なんで、兄さんがそこまでする必要があるんだ。」
サスケの言葉にシスイは苦笑いする。
「俺もとめたさ。そんなの、ダンゾウの思うつぼだと。お前ら兄弟が犠牲にならなくてもいい、と。
フガクもダンゾウの申し出は断るつもりだったんだ。」
だが、それではダンゾウは納得しないだろう。一族と暗部の間に深い溝ができれば、やがては里を滅ぼす
きっかけになってしまうとイタチは危惧していた。そう、シスイは続けた。
それで、イタチが俺の代わりに犠牲になったと言うのか。
幼いころからずっと、サスケはイタチに甘え、困らせてばかりだった。
イタチはなんだかんだでサスケの修行に付き合ってくれたし、いろんなことを教えてくれた。
だが、サスケがアカデミーに入学したあたりから、距離をおかれるようになった。
修行に付き合ってくれることも、家で話をすることも極端に少なくなった。
任務が忙しいせいだとその時は思ったが、後から自分がうとましかったんじゃないか、と思うようになった。
兄は自分よりはるかに劣る弟が嫌いになったんじゃないか、と。

「イタチはどうして、俺のためにここまで…?」
シスイはサスケの問いに困ったように笑った。
「うちははもともと、愛情に深い一族だ。お前のことが、何よりも大切だったんだろうよ。」
けれど…それでは、イタチの未来はどうなるんだ。
ダンゾウはイタチのことを心優しい忍だ、と言った。暗部の任務には向いていないと。
俺のために、何もかも捨てて辛い激務に耐えているとでもいうのか。
ダンゾウの言葉が蘇る。「イタチを助けたいと思わないのか。」
「イタチはお前に何も話さなかったようだが、俺はもうお前を一人前の忍として認めている。だから、話した。
今後一切、ダンゾウに関わろうとするな。イタチは自分の身を犠牲にして、お前にうちはの未来を託したんだ。
イタチの想いを忘れるな。」
シスイの言葉に、サスケは何も答えられなかった。